産総研、最先端の分析装置群をナノテクプラットフォームとして公開 ・・・ 産学官の共用事業がスタート « SJN Blog 再生可能エネルギー最新情報
文部科学省のプロジェクトとして、ナノテクノロジーに関する研究設備の全国的な共用体制を構築する「ナノテクノロジープラットフォーム」がスタートし、2012年7月2日から共用事業が開始されている。同プラットフォームは、微細構造解析、微細加工、分子・物質合成の3つの技術領域で構成されており、全国の大学・研究機関が保有する最先端の研究設備を民間企業を含む多様な利用者へ向けて提供していくという。
産業技術総合研究所 計測フロンティア研究部門は、同プラットフォーム・微細構造解析領域に実施機関として参画、6種類の計測分析装置群を公開(http://unit.aist.go.jp/riif/ja/nanotech/index.html)、つくばイノベーションアリーナ(TIA-nano)や先端機器共用イノベーションプラットフォーム(IBEC)などの枠組みを通して有償で提供している。ほとんどの装置が、分析手法も含めて世界でも類例のない同研究部門独自の開発成果物であるという。以下、各装置の特徴、測定原理、分析事例などについて、産総研 計測フロンティア研究部門 主任研究員 浮辺雅宏氏への取材を基にまとめる。
陽電子プローブマイクロアナライザー装置(PPMA)
陽電子プローブマイクロアナライザー装置(PPMA)は、陽電子を用いた走査によって、材料中の原子空孔などサブナノレベルのボイドや欠陥を画像化する装置である。2次元マッピングに加え、深さ方向の情報を得ることもできる。
PPMAによる測定では、電子の反物質である陽電子を試料に打ち込み、陽電子と電子が出会って対消滅するときに発生するγ線を検出する。材料中に空孔がある場合、その部分では電子の密度が低くなっているので、陽電子を打ち込んでから対消滅するまでの時間が通常よりも長くなる。このため、γ線検出までの時間差を測定することによって試料中の電子の密度がわかり、原子空孔分布やサブナノレベルの空隙分布など従来の分析手法では知り得なかった物質情報を得ることができる。また、大きなボイドが存在するときにはγ線の遅延時間がより長くなることから、時間差の変化を見ることでボイドのサイズを見積もることもできる。
試料に打ち込まれる陽電子は、加速器を用いて発生させる。陽電子ビームの入射エネルギーは1〜30keVの範囲で可変となっており、陽電子が試料に入り込む深さを調整することができる。従って、入射エネルギーをだんだん強めることによって深さ方向に試料を走査したことになり、空孔の3次元的な分布情報を得ることができる。PPMAによるこのような分析を通して、機能性材料の未知の物性因子の解明などが進むと期待されている。
超伝導蛍光収量X線吸収微細構造分析装置(S-XAFS)
超伝導蛍光収量X線吸収微細構造分析装置(S-XAFS)は、ジョセフソン接合による超伝導トンネル接合素子をX線検出器に用いたX線吸収微細構造分析装置である。同装置では、薄いアルミニウム酸化膜の絶縁層を上下からアルミニウム・ニオブの超伝導体で挟んだデバイスを超伝導トンネル接合素子として用いている。
こうした超伝導体は、バンドギャップのある半導体的な電子構造を持っているが、そのギャップはミリeVオーダーという極めて小さなものである。半導体のバンドギャップがeVオーダーであることと比較すると、超伝導体のバンドギャップは1/1000程度しかないことになる。このことは、超伝導体を用いたX線検出器において、半導体検出器の20〜30倍という非常に高いエネルギー分解能を実現できることを意味している。
試料にX線を当てると光電効果によって高いエネルギー状態に励起された電子が生じ、この電子が引き金となって、多数の電子が雪崩れ的に励起されていく。励起された電子の数が増えるにつれて、電子1個あたりのエネルギーは低くなり、最終的にはバンドギャップの位置までエネルギーが下がったところで電子が溜まってバランスする。従って、同じエネルギーのX線を当てた場合、バンドギャップが小さい方が多くの電子が溜まることになる。バンドギャップが極めて小さい超伝導検出器では、弱いエネルギーのX線であっても十分な数の電子が溜まるので検出感度が高まる。
S-XAFSを用いた分析例としては、SiC中の微量なNドーパントのX線吸収端近傍構造(XANES)のスペクトル測定が報告されている。XANESスペクトルと第一原理計算との比較から、Nドーパントはイオン注入後からほぼ完全にSiCのCサイトを置換していることが解明された。こうした微量軽元素の局所構造解析は、S-XAFSによってはじめて可能になったという。なお、同装置は高エネルギー加速器研究機構(KEK)の放射光科学研究施設フォトンファクトリーに設置されている。
イオン価数弁別質量分析装置(CDMS)
イオン価数弁別質量分析装置(CDMS)は、世界で初めてイオンの運動エネルギーを直接測定することで多価イオンの価数弁別を可能にした質量分析装置である。S-XAFSと同じく、ジョセフソン接合による超伝導検出器を使用している。通常の質量分析装置で測定している値が質量電荷比 m/z(m=イオンの質量数、z=イオンの電荷数)であるのに対して、CDMSでは超伝導体にイオンが衝突するときに発生する振動(フォノン)を測定することによってmの値を直接確定することができる。
イオンの衝突で生じたフォノンが超伝導体のクーパー対を壊すことによって、ある程度のエネルギーを持った電子が励起される。これをCDMSに搭載された高感度の超伝導検出器で検出する。フォノンのエネルギーは半導体のバンドギャップよりも小さいため、従来の半導体検出器では捉えることができなかった。CDMSを用いることで、サブユニットから構成されるタンパク質複合体や抗体などの分析が進むと期待されている。
可視-近赤外過渡吸収分光装置(VITA)
可視-近赤外過渡吸収分光装置(VITA)は、ナノ秒からピコ秒のレンジで過渡吸収、蛍光寿命を測定する。産総研が独自に開発した装置であり、液体、溶液、結晶、フィルムなどのレーザー過渡吸収スペクトルと蛍光の減衰挙動によってキャリアの特性を測定できる。
ナノ秒可視・近赤外蛍光寿命計測装置、ナノ秒可視・近赤外過渡吸収分光装置、ピコ秒可視蛍光寿命計測装置、ピコ秒可視・近赤外過渡吸収分光装置の4台がある。ナノ粒子半導体を用いる色素増感太陽電池の評価などにも適用できるという。
リアル表面プローブ顕微鏡(RSPM)
リアル表面プローブ顕微鏡(RSPM)は、原子間力顕微鏡(AFM)の一種である。ナノ材料の形状・表面粗さなどを精密に計測することができる。日本電子、エスアイアイ・ナノテクノロジーなどのAFMを改造して装置化している。
一般的なAFMでは、プローブを試料に接触させて表面粗さを測定するときに、針の形状そのものが測定に影響する場合があるとされる。一方、RSPMでは、接触状態の解析と針の形状特性の評価を予め行っておき、針の形状による表面形状のゆがみを補正する機能を持たせている。このため、ありのままのリアルなナノ表面構造を観察することができるという。観察は、大気圧および高真空中、湿度制御下、液中などで行うことができる。
固体NMR装置(SNMR)
固体NMR装置(SNMR)については、Bruker製の核磁気共鳴装置3台を設置している。有機材料、セラミックス・無機ガラス・金属などの無機材料、高分子材料、有機無機複合材料、触媒材料、生体材料など、多種類の材料の局所構造と原子分子ダイナミクスを測定できる。NMRスペクトルデータベースも公開されている。
(取材・執筆 / 荒井聡)
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