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京大、ヒトES/iPS細胞から臨床応用に適した心筋分化誘導法を開発。安全・安価・高効率な再生医療に期待 (発表資料)http://bit.ly/RZIFkX pic.twitter.com/3Vrek7K3
ヒトES/iPS細胞から臨床応用に適した心筋分化誘導法を開発−安全・安価・高効率な再生医療の実現化に大きく貢献− — 京都大学
左から南研究員、中辻拠点長、饗庭講師
このたび、中辻憲夫 物質−細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)拠点長、上杉志成 同教授、饗庭一博 同講師、南一成 同研究員らは、山本拓也 iPS細胞研究所(CiRA)助教・iCeMS京都フェロー、株式会社リプロセル等と共同で、ヒト胚性幹(ES)細胞・人工多能性幹(iPS)細胞から心筋細胞に効率的に分化を促進させる新しい小分子化合物を発見しました。これまでにも既知の化合物やタンパク質を用いた心筋分化誘導法がいくつか開発されていますが、心筋分化効率や成熟度の低さや、培養液中に含まれる動物由来成分からの感染リスクの懸念、さらに高価な細胞増殖因子の利用によるコスト高など、ヒト多能性幹細胞から分化させた心筋細胞を実際に医療へ利用するための課題がありました。
本研究は新しい小分子化合物を用いることで、高価な増殖因子やウシ血清等の動物由来成分を使用しない、高効率な心筋分化誘導法を世界で初めて開発することに成功しました。この心筋分化誘導法をヒトES/iPS細胞のいくつかの細胞株で試したところ、すべてのES/iPS細胞株において、安定した高い心筋分化効率が得られ、最大98%の高純度の心筋細胞を得ることができました。また、この心筋細胞について心筋特異的分子の発現解析や電気生理学的な薬剤応答性の解析、電子顕微鏡による解析等を行ったところ、従来の方法で得られる心筋細胞より比較的成熟した心筋細胞であることを確認しました。この成果はES/iPS細胞から作る細胞の移植といった再生医療の実現化に大きく貢献する成果であるとともに、新薬の心毒性スクリーニングシステムの開発や心臓病の治療法の開発に役立つことが期待されます。
本論文は、10月25日正午(米国東部標準時間)に米科学誌セル・リポーツ電子版で公開されました。
背景現在、心臓病は世界の死因の中で1位、日本では2位となる病気です。心臓病の治療において、細胞移植によって機能を回復させる再生医療は、早期の実現化が期待されています。移植用の心筋細胞の材料として、無限に増殖でき、あらゆる細胞へ分化することができるヒトES細胞やiPS細胞といった多能性幹細胞が注目されています。しかし、ヒト多能性幹細胞から心筋細胞へのこれまでの分化誘導方法には、再生医療に応用するためには解決しなければならないいくつかの課題があります。
第一に、これまでの方法では心筋細胞の割合が10〜60%程度であり、分化誘導効率が低く、また心筋細胞以外の細胞は癌化等のリスクを高めるといった可能性があります。第二に、従来の方法で分化させた心筋細胞は多くの場合、成人型ではなく胎児型の心筋細胞であるため、成熟した機能的な心筋細胞が得られていません。第三に、分化誘導に高価なタンパク質(サイトカインやホルモンなど)を必要とするため生産コストがかかります。最後に、細胞培養液にウシ血清などヒト以外の動物由来成分が含まれているため病原性のリスクが懸念されるなどです。
研究手法今回、本研究グループは心筋細胞だけでGFP(緑色蛍光タンパク質)を発現するように加工したES細胞を用いて、心筋分化を促進する化合物を約10,000種の化合物から選び出しました。これに似た類似化合物を作りだすことで、さらに効果の強い小分子化合物を発見(KY02111と命名)し、数種類のES/iPS細胞株でKY02111の心筋分化効率を調べました。また分化した心筋細胞について、心筋特異的分子の遺伝子発現の解析、ジョン・ホイザー iCeMS教授のグループによる電子顕微鏡を用いた細胞内構造解析、電気生理学的な解析などを行いました。またこのKY02111化合物の細胞内シグナル伝達系への影響を調べるため、DNAマイクロアレイ解析などを行いました。
研究成果心筋細胞でのみ発現するGFP遺伝子を導入したサルES細胞を用いて、KY02111の心筋分化促進効果を調べたところ、KY02111を入れなかった対照細胞(図1左)に比べ、入れた場合の心筋細胞で発現するGFP蛍光量が約70倍に増加していました(図1右)。
図1:KY02111による心筋分化促進効果。緑色はGFP蛍光で示された心筋細胞集団
また、ヒトES細胞株やヒトiPS細胞株、さらにマウスES細胞株においてもKY02111が顕著な心筋分化促進効果を持つことを確認しました。これは、KY02111はヒト多能性幹細胞の株に依存せず、生物種を越えて安定して心筋分化促進効果があることを示しています。
次に、KY02111を入れた培地で培養したiPS細胞を用いてDNAマイクロアレイ解析を行ったところ、WNTシグナルによって制御されている遺伝子群の発現量がKY02111により減少していることが分かり、KY02111が新規のWNTシグナル阻害剤であることも明らかになりました。これらの結果は、KY02111がWNTシグナルを効果的に抑えることにより心筋分化を促進していることを示しています(図2)。
図2:KY02111を用いた心筋分化誘導法
また本研究では、1. 高効率で、2. 高価な増殖因子を使わず、3. 感染リスクを伴う動物由来因子を使わない心筋分化誘導法の確立を目指し、WNTシグナル伝達を阻害もしくは活性化する試薬をKY02111以外にも試しました。その結果、心筋分化の初期にはWNTシグナルを活性化する小分子化合物を加え、後期にはWNTシグナル阻害剤であるKY02111などの小分子化合物を加えることによって、最大98%の心筋分化効率を得ることができ、かつそれらWNTシグナルに関与する小分子化合物のみを使い、動物成分を用いない分化誘導法の開発に、世界で初めて成功しました(図2)。これにより高純度の心筋細胞をES/iPS細胞から生産することが可能となったのに加えて、低コストで臨床グレードの心筋細胞を生産できるようになりました。
最後に、本研究で得られた心筋細胞は、心毒性試験に重要な分子が機能的に発現しており(図3A)、心毒性試験に使用可能であることを株式会社リプロセルとの共同研究によって明らかにしました。また、心室筋・心房筋マーカー分子の発現によって成人型の心室筋細胞に近いことが明らかになり(図3B)、さらに整然とした筋原繊維や筋小胞体が観察されたこと(図3C、D)により、本研究で得られた心筋細胞は従来の方法より比較的成熟した心筋細胞であることが分かりました。しかしながら、心筋細胞の遺伝子発現レベルや電気的性質の点において、まだ完全な成人型心筋のレベルまでは成熟していないため、この点は今後の課題となっています。
図3:心筋分化誘導法によって得られた心筋細胞の電気的・構造的な特徴
本研究で発見された新しい小分子化合物KY02111を用いた心筋分化誘導法によって、安全・安価・高効率な臨床グレードの心筋細胞をヒトES/iPS細胞から生産する技術が確立できました。この成果は、心筋細胞移植の再生医療の実現化に大きく貢献することが期待されます。
また従来の方法より比較的成熟した心筋細胞に分化していたことから、この心筋細胞を用いた新薬の心毒性試験によって、より正確な成人心臓に対する毒性結果の取得が可能になるかもしれません。さらに心臓病患者の細胞から樹立したiPS細胞株由来の心臓病モデル細胞がより成人心筋に近い形で作成でき、それらの解析を通じて、心臓病の病態の解明および治療法の開発に繋がる可能性があります(図4)。
さらに、KY02111はWNTシグナル伝達を阻害する分子です。WNTシグナルは、本研究で注目した心筋分化だけでなく、生物発生から癌にいたるまで様々な現象に関わることが知られています。そのため、KY02111を利用することによって医生物学分野の研究進展に貢献することも期待できます。
図4:今後の医療・産業応用への期待
本研究は、以下の一環として行われました。
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)プロジェクト「研究用モデル細胞の創製技術開発」(2005〜2009年度/プロジェクトリーダー:中辻憲夫) 同プロジェクト「ヒト幹細胞実用化に向けた評価基盤技術開発」(2010〜2015年度/サブプロジェクトリーダー:中辻憲夫) 内閣府/日本学術振興会(JSPS)最先端・次世代研究開発支援プログラム課題「合成小分子化合物による細胞の操作と分析」(2011〜2013年度/代表者:上杉志成) JSPS科学研究費助成事業・若手研究 (B) 課題「ケミカルスクリーニングによるES/iPS細胞−心筋分化促進化合物の発見と機能解析」(2011〜2013年度/代表者:南一成) 用語解説細胞内の遺伝子発現量を測定するため、多数のDNA断片をプラスチックやガラス等の基板上に高密度に配置した分析器具。DNAチップとも呼ばれる。
標的遺伝子の転写を促すシグナル伝達機構。動物胚の発生時の形態形成や様々な組織の傷害後の再生に必須の役割を果たす。そのシグナル伝達機構が破綻し、恒常的に活性化した状態は、多くの癌の発生に関わっている。
論文情報[DOI] http://dx.doi.org/10.1016/j.celrep.2012.09.015
論文名"A Small Molecule that Promotes Cardiac Differentiation of Human Pluripotent Stem Cells under Defined, Cytokine-and Xeno-free Conditions"
掲載誌Cell Reports
DOI: 10.1016/j.celrep.2012.09.015
Itsunari Minami, Kohei Yamada, Tomomi G. Otsuji, Takuya Yamamoto, Yan Shen, Shinya Otsuka, Shin Kadota, Nobuhiro Morone, Maneesha Barve, Yasuyuki Asai, Tatyana Tenkova-Heuser, John E. Heuser, Motonari Uesugi, Kazuhiro Aiba, Norio Nakatsuji