歌会始の儀:被災地に思い重ね - 毎日jp(毎日新聞) 上手下手を別として、思いを感じてあり難く思いましょう。
新春恒例の宮中行事「歌会始の儀」が12日、皇居・宮殿であり、今年の題の「岸」にちなんだ歌が披露された。天皇陛下は東日本大震災で被災した岩手県を見舞うためヘリコプターに乗った際に上空から見た印象を、皇后さまは津波で行方不明になった人々や、戦後の外地からの引き揚げ者を待つ家族らの姿を「岸」に重ねて詠んだ。皇太子さまは学習院中等科3年の修学旅行で八甲田連峰を眺めた印象を、雅子さまはかつて訪れた被災地・福島県の美しい自然に思いをはせて詠んだ。【真鍋光之、川崎桂吾】
天皇陛下
津波来(こ)し時の岸辺は如何なりしと見下ろす海は青く静まる
皇后さま
帰り来るを立ちて待てるに季(とき)のなく岸とふ文字を歳時記に見ず
皇太子さま
朝まだき十和田湖岸におりたてばはるかに黒き八甲田見ゆ
皇太子妃雅子さま
春あさき林あゆめば仁田沼の岸辺に群れてみづばせう咲く
秋篠宮さま
湧水(ゆうすい)の戻りし川の岸辺より魚影(ぎよえい)を見つつ人ら嬉しむ
秋篠宮妃紀子さま
難(かた)き日々の思ひわかちて沿岸と内陸の人らたづさへ生くる
眞子さま(秋篠宮家の長女)
人々の想ひ託されし遷宮の大木(たいぼく)岸にたどり着きけり
常陸宮さま
海草(うみくさ)は岸によせくる波にゆらぎ浮きては沈み流れ行くなり
常陸宮妃華子さま
被災地の復興ねがひ東北の岸べに花火はじまらむとす
三笠宮妃百合子さま
今宵(こよひ)揚(あ)ぐる花火の仕度(したく)始まりぬ九頭竜川の岸の川原に
彬子さま(寛仁親王家の長女)
大文字の頂に立ちて見る炎みたま送りの岸となりしか
高円宮妃久子さま
福寿草ゆきまだ残る斐伊川の岸辺に咲けり陽だまりの中
承子さま(高円宮家の長女)
紅葉の美(は)しき赤坂の菖蒲池岸辺に輝く翡翠(かはせみ)の青
典子さま(高円宮家の次女)
対岸の山肌覆ふもみぢ葉は水面の色をあかく染めたり
絢子さま(高円宮家の三女)
海原をすすむ和船の遠き影岸に座りてしばし眺むる
◇入選者(年齢順)茨城県 寺門龍一さん(81)
いわきより北へと向かふ日を待ちて常磐線は海岸を行く
埼玉県 佐藤洋子さん(77)
対岸の街の明かりのほの見えて隠岐の入り江の静かなる夜
奈良県 山崎孝次郎さん(72)
相馬市の海岸近くの避難所に吾子ゐるを知り三日眠れず
長野県 小林勝人さん(71)
ほのぼのと河岸段丘に朝日さしメガソーラーはかがやき始む
大阪府 山地あい子さん(70)
しほとんぼ追うて岸辺をかける子らつういつういと空はさびしい
千葉県 宮野俊洋さん(67)
春浅き海岸に咲く菜の花を介護のバスが一回りせり
カンボジア・プノンペン 渡辺栄樹さん(65)
子らは浴み岸辺に牛が草を食(は)むこぞの我らが地雷処理跡
京都府 大石悦子さん(57)
とび石の亀の甲羅を踏みわたる対岸にながく夫を待たせて
福島県 沢辺裕栄子さん(39)
巻き戻すことのできない現実がずつしり重き海岸通り
大阪府 伊藤可奈さん(17)
岸辺から手を振る君に振りかへすけれど夕日で君がみえない
◇召人の歌堤清二さん
雲浮ぶ波音高き岸の辺に菫咲くなり春を迎へて
◇選者の歌岡井隆さん
いのちありてふたたびドナウ源流の岸べをゆきし旅をしぞ思ふ
篠弘さん
かはらざりし北上川に花びらが岸のほとりの早瀬を走る
三枝昂之さん
なほ朽ちぬこころざしありふるさとの岸辺に灯る甲州百目
永田和宏さん
舫ひ解けて静かに岸を離れゆく舟あり人に恋ひつつあれば
内藤明さん
源は雲立てる山ゆつくりと流るる川の岸辺をあゆむ
◇佳作者(年齢順、敬称略)無職・和田幸一(83)=大阪府大東市▽元海上自衛官・井元静夫(81)=長崎県佐世保市▽元中学校長・斉藤定(79)=山口県萩市▽無職・石田基慶(78)=兵庫県たつの市▽無職・福富久枝(78)=徳島市▽無職・桐畑福美(77)=滋賀県長浜市▽無職・宮宇地孝夫(75)=兵庫県芦屋市▽主婦・小林絢子(75)=秋田県能代市▽主婦・中根圭美(74)=千葉県佐倉市▽元通産省地質調査所主任研究官・吉井守正(74)=東京都杉並区▽畳職・宮沢房良(68)=新潟県津南町▽会社経営・藤原建一(67)=盛岡市▽農業・青野清一(63)=茨城県河内町▽主婦・平林宏子(58)=神戸市▽主婦・木内照代(56)=徳島県阿南市▽図書館司書・榎本麻央(43)=茨城県鹿嶋市▽専門学校生・小谷隆(28)=兵庫県朝来市▽大学3年・谷川紅緒(20)=東京都台東区▽中学2年・田中順子(14)=福岡県久留米市
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◇原発事故収束願い−−寺門さん茨城県東海村の茨城大名誉教授、寺門龍一さんは、東京電力福島第1原発事故収束への願いを三十一(みそひと)文字に込めた。「JR常磐線が(全線)通るのは、原発事故から回復した時でしょう」。寺門さんはかつて、福島県いわき市の福島工業高専で校長を務めた。東海村の自宅からの通勤に使っていたのが、津波と原発事故の影響で一部不通になっている常磐線だった。
懇談の場で、天皇陛下から「いわき市はどういう状況でしたか」と聞かれた。高専の卒業生の一人が津波の犠牲になったことを明かすと、皇后さまからは「おつらいことでしたね」と声をかけられた。記者会見では入選について「よく自分の歌を取ってくださった」と笑顔を見せたが、歌に触れると「原発事故からどう立ち直るか。心配しています」と語った。【川崎桂吾】
◇来年は「立」宮内庁は来年の歌会始の募集要領を発表した。題は「立(りつ)」で、「立志」「立春」のような熟語にしても、「立つ」「立ち上がる」のように訓読しても差し支えない。一人一首で未発表のものに限る。半紙に毛筆で自筆が原則。半紙を横長にして、右半分に題と短歌、左半分に郵便番号、住所、電話番号、氏名(ふりがな付き)、生年月日、職業を書く。病気などのための代筆の場合は、理由と代筆者の住所、氏名を別紙に記入して添える。点字による応募も可能。海外からの応募の場合は、用紙や筆記用具は自由。あて先は〒100−8111 宮内庁。封筒に「詠進歌」と書き添える。9月30日消印まで有効。
毎日新聞 2012年1月13日 東京朝刊