ウランの地下水汚染を防ぐ細菌、そのメカニズム « WIRED.jp
ジオバクター科の細菌は、ウラン鉱山等の地下水汚染防止に使われてきた。その仕組みは今までわかっていなかったが、このほどその一部を明らかにする研究が発表された。
水溶液中のウラン。Image: Pacific Northwest National Laboratory
ウラン鉱山の地下水が汚染されることを防ぐために、細菌が利用されてきた。その仕組みは今までわかっていなかったが、このほど『Proceedings of the National Academy of Sciences』に、その一部を明らかにする研究が発表された。
ジオバクター科の細菌は、さまざまな地下水汚染の浄化に役立っている。ウラン鉱山で利用されているだけでなく、石油化合物や塩素系溶剤も処理できる。
ジオバクターは嫌気性細菌のため、溶存酸素なしで生きることができ、代わりに、さまざまな元素を利用している。例えば、窒素、マンガン、鉄、硫黄、そしてもちろんウランだ。
ジオバクターが行っているのは、要は化学的な酸化還元反応、電子の受け渡しだ。石油化合物や塩素系溶剤、その他の有機化合物など、ジオバクターが「食べる」物質は、酸化還元反応における電子供与体となる。そして、呼吸に用いる元素(酸素や鉄など)は電子受容体となる。酸化還元反応の一環として細胞内にエネルギーが放出され、細菌はこのエネルギーを利用するのだ。
人間が酸素を利用するように、一部のジオバクターは、電子受容体としてウランを利用できることが知られている。酸化還元による電子移動反応の一環として、6価ウラン(+6の電荷を持つ)は4価ウラン(+4の電荷を持つ)になる。6価ウランは容易に水に溶けるため、水中を移動し地下水流に乗って拡散するが、4価ウランは急速に鉱物化するので、地層の堆積物や基盤岩の中に固定させることができる。
[天然のウラン鉱石は、細かく砕いた後、硫酸で溶解して6価ウランの浸出液とする。また、ウラン鉱石が存在する地層中に抽出液を直接注入し、ウランが溶け込んだ浸出液を汲み出す採掘方法も実用化されている。浸出液は、不純物を取り除いた後、ウラン含有率を60%位まで高めたウラン精鉱(イエローケーキ)になる]
これらの細菌は、ウランの固定化を助ける酵素でも作っているのだろうか。それとも、何かほかの方法があるのだろうか。
研究チームは、多くの細菌が体表面に持つ極小の糸のような付属器(繊毛)が関係しているのではないかと考えた。これを確かめるため、繊毛を持っていない変異体を正常な細菌と比較したところ、予想どおり、繊毛はウランの固定化に重要な役割を果たしていることが分かった。[『SJN Blog』の記事によると、研究チームは、遺伝子操作でナノワイヤーを増強したジオバクター株を作ることにも成功。この改造型ジオバクターでは、ナノワイヤーの数に比例してウラン固定化能力の効率が向上し、さらに細胞としての生存能力も増したという]
繊毛がウラン固定化に役立つ仕組みを解明するには、『Nature Nanotechnology』に先月掲載された別の研究が参考になる。この研究では、同じ種類のジオバクター細菌の繊毛に導電性があることが明らかになっている。その導電性は、金属製のナノワイヤーと変わらないレベルだ。生物学的構造に金属並みの導電性があることを示した初めての例だが、この研究ではさらに、ジオバクター細菌がトランジスタとして機能するバイオフィルムの作成にも成功している。それならば、この繊毛が電子を運ぶ導管として機能し、酸化還元反応を促進する役割を果たしていても不思議ではない。
繊毛の役割に関しては、ふたつの要素が考えられる。第一に、長い繊毛は、細菌の体表面の面積を大きくして、酸化還元反応を起こしやすくする。第二に、繊毛は細胞を保護してくれる。細胞内でのウランの鉱石化は、細菌の生命機能にとって脅威となりかねない。実際、繊毛を持たない変異体は、ウランを利用(および鉱石化)する効率が低かっただけでなく、電子を受け取る際により多くのウランを取り込み、呼吸活性が低下を示した。
これらの研究成果は、ウランの地下水汚染防止技術を改善させることができると期待されている。[『SJN Blog』の記事によると、研究チームは、発電と同時に災害後の環境浄化も行う微生物燃料電池の開発が可能であるとして特許申請も行っている。発電と汚水浄化を同時に行うバイオ燃料電池についての日本語版過去記事はこちら。
発電と汚水浄化を同時に行なうバイオ燃料電池 « WIRED.jp****
ペンシルベニア州立大学の研究者たちが、発電と汚水の浄化を同時に行なうバイオ燃料電池の試作品を完成させた。細菌が汚水中の有機物を分解する過程で電子を放出することを利用する。水中の有機物を最大で78%取り除くと同時に、電極表面1平方メートル当たり、最高で200ミリワットの電力を作り出すという。先進国と発展途上国の両方で、汚水処理にかかる費用の低減に役立つ可能性があると期待されている。
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なお、日本原子力研究開発機構の研究チームは、ワイン酵母によってウランを安定した鉱物に変える研究を行っている。リリースによると、酵母の細胞表面が反応場となり、溶液中から細胞表面に吸着したウラニウムイオンと、酵母細胞内に蓄積されたリン酸塩が出会い、ウラニルリン酸塩鉱物を生成するという]
6-8 酵母でウランを鉱物化−微生物によるウランの鉱物化機構を解明−
写真6-1 ウラン溶液に添加し、回収した酵母細胞の電子顕微鏡写真(a、b)
白い楕円状に観察されるのが酵母の細胞です。一つの細胞の大きさは1〜 数・mです。矢印Cで示すように細胞表面から外側に、そして一部は 内側に針状のものが成長しています。これが、ウラニルリン酸塩鉱物です。図6-15 酵母によるウランの鉱物化機構を模式的に示した図
ウランとリンが酵母の細胞表面で出会い、ウラニルリン酸塩鉱物を生成 します。「酵母」というとワイン、ビール、日本酒そしてパンと即座に答える方は、醸造に詳しいか、その恩恵にあずかっていると推察されます。私たちはウラン等の重元素と微生物との相互作用の機構を解明する研究を行っています。この研究の中でワイン酵母によりウランが鉱物化することを見出し、その機構を突き止めました。ワイン酵母などはワイン醸造後は無用のものですが、天然起源放射性物質(NORM)などに含まれるウランを長期的に安定な鉱物に変換する技術開発に応用できると期待されます。
酵母の細胞表面が反応場となり、溶液中から細胞表面に吸着したウラニウムイオンと酵母細胞内に蓄積されたリン酸塩が出会い、ウラニルリン酸塩鉱物を生成する機構を解明しました。これまで、微生物表面で6価ウランが細胞表面で沈殿することは知られていました。しかし、その機構は解明されていませんでした。本研究では、リン酸を細胞内に蓄積する酵母をウラン溶液に添加する実験を行い、ウラン濃度の変化を調べてウランが酵母に集まることを明らかにしました。酵母を回収して、電子顕微鏡で分析したところ細胞の表面にウランを含む物質が成長していました(写真6-1)。電子線回折や可視光分光分析により成長していたものは「ウラニルリン酸塩鉱物」であることが分かりました。一方、リン酸濃度が低い培地で育てた酵母では細胞表面に鉱物は成長しませんでした。これらの結果は、溶液中に溶けたウラニルイオンが酵母細胞に吸着し、細胞内部から供給されたリン酸と反応してウラニルリン酸塩鉱物を生成したことを示しています(図6-15)。溶液中のウラン濃度、リン酸濃度とpHから、溶液中の化学組成は鉱物ができる条件(飽和)になっていませんでした。このことから、酵母細胞の表面が溶液中とは異なる化学的(局所的な飽和)条件になったと考えられます。
酵母は遺伝子配列が解明されている単細胞真核生物です。今後は、ウランの鉱物化に関与する遺伝子、タンパク質を突き止めるなど、生体分子レベルでのウランの鉱物化の機構を解明したいと考えています。
TEXT BY Scott K. Johnson
TRANSLATION BY ガリレオ -高橋朋子/合原弘子