「不条理」のカミュ 生誕100年!!
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アルベール・カミュ 1913年アルジェリア生まれ。アルジェ大学卒業後ジャーナリストとして活動、42年に小説「異邦人」、エッセー「シーシュポスの神話」を刊行し脚光を浴びた。戦後、47年に小説「ペスト」を発表、57年ノーベル文学賞を受賞した。60年、南仏の自宅に戻る途中、自動車事故で死亡した。
「異邦人」についてカミュは「不条理に直面した人間のありのままの状態を描いている」(「手帖」)としている。不合理で無根拠な世界に対峙しながら、不条理な運命から目をそむけない態度が「反抗」である。不条理の経験は個人的だが、反抗の運動は集団的で連帯を生むと見ている
カミュが放つ新たな光 生誕100年、哲学者の側面に注目 震災後、小説「ペスト」に脚光 :日本経済新聞
今年は「異邦人」などで有名なフランスの文学者アルベール・カミュの生誕100年。生誕の記念映画「最初の人間」が上映されているほか、東日本大震災後の状況を受けて、小説「ペスト」が注目されている。フランスでもシンポジウムが企画され、学会を中心に内外でカミュの再評価が進む。
遺作が映画化
カミュの遺作小説「最初の人間」が、イタリアのジャンニ・アメリオ監督の手で映画化され、日本では岩波ホールほか全国で順次公開中だ。成功した作家コルムリが講演を依頼され、老いた母が残る故郷のアルジェリアを訪ねる。時はアルジェリア独立の機運が燃え上がっている最中で、作家は人間の自由を訴える。
幼い時の逸話や、若くして戦死した父の墓地を訪ねることなど、「最初の人間」にはカミュの自伝的部分が多い。死後34年の1994年に刊行され、ベストセラーになった。映画は地中海の青い海、入り組んだ街区など情景が美しい。争い続ける人間の愚かさを憎み、人間同士がなぜ共存できないかと願う作家の良心が浮き彫りにされる。
戦時中に書かれた「異邦人」は、主人公ムルソーに殺人の理由を「太陽のせいだ」と言わしめ、不条理文学の傑作に挙げられる。身体表現者集団、カンパニーデラシネラは、舞台「異邦人」(14〜17日)を東京・世田谷パブリックシアターで上演する。構成・演出の小野寺修二氏は「存在の不確かさをテーマにしてきたが、人間が、ある種の臨界点を超えてしまう瞬間がどこにあるかを探している中で『異邦人』に出合った」という。
演劇人の顔も
実はカミュは「カリギュラ」などの戯曲を書いており、自ら演出するなど演劇人としての顔も持っていた。演劇人としてのカミュについて国際基督教大学教授の岩切正一郎氏は「小説の文体には力強い身体的質感がある。演劇で言葉を鍛えた人だとわかる」と語る。
また、共同作業を必要とする演劇活動に身を置くことでカミュは、「生身の人間同士がぶつかる豊かさ、連帯感を求めたのではないか」と見る。
日本カミュ研究会の代表を務める奈良女子大学文学部長の三野博司氏によると、東日本大震災が起きた「3・11」以後、「カミュの『ペスト』を読み直し、そこにリアルなものを感じ取った人が増えている」という。「ペスト」はアルジェリアのオランを舞台に、医師や市民の感染症との困難な闘いを描いている。
津波で壊滅した故郷を目にした作家の辺見庸氏は「水の透視画法」の中で、「カミュが小説『ペスト』で示唆した結論は、人間は結局、なにごとも制することができない、この世に生きることの不条理はどうあっても避けられない、というかんがえだった」と記す。
2010年の没後50年に際し保守のサルコジ大統領(当時)がカミュの遺骨をフランスの歴史文化に貢献した偉人を祭るパンテオンに埋葬する意向を表明。遺族らの反対で実現しなかったが、カミュの存在は20世紀の偉大なフランス人作家として一般に意識されていることを物語っている。
最近のカミュ再評価の潮流として、三野氏は哲学者としての側面を評価しようとする動きなどを挙げる。哲学者のベルナール=アンリ・レヴィは、「アカデミズムや、虚飾、難解さに堕した哲学者を侮蔑する哲学者」「芸術家的な哲学者」と見て、硬直した現代哲学の壁に風穴を開ける可能性を期待しているという。
カミュはエッセー「反抗的人間」(51年)で、歴史を絶対視し恐怖政治をもたらしかねない共産主義革命や、いかなる暴力の正当化にも反対の立場を取った。これが哲学者ジャン=ポール・サルトルとの間で「革命か反抗か」の論争を喚起、サルトルはカミュを「モラルの名において美徳の暴力をふるっている」と非難し、カミュは知識人サークルで孤立した。
現代日本に響く
これに対し神戸女学院大学名誉教授の内田樹氏は、カミュを「20世紀において最も射程の遠い思想を語った哲学者の一人」と評価している。
「カミュに現代性があるとすれば、歴史は人間のふるまいを判断する最終審級ではないということを明らかにしたことである。いかなる歴史的状況下にあろうと、卑しい人間の所業は卑しく、高潔な人間のふるまいは高潔であると言い切った。この言葉が今の日本ほど重く響くことはない」と内田氏は指摘する。
今年は世界各地で生誕記念シンポジウムが予定されている。フランスではほぼ毎月、どこかで催され、8月にノルマンディーで開催されるシンポジウムが最大規模と注目されている。また、カミュと作家のロジェ・マルタン=デュ=ガールらとの未発表往復書簡集の刊行も予定されている。
日本でも日本カミュ研究会が研究誌の特別号の刊行を企画、秋の会議に向け準備を進めている。三野氏は「意味を見失った現代にあって、『人間』のなかにこそ意味の何かがあると信じたカミュの文学と思想は見直されていい」と強調する。
ペストと戦う唯一の方法は誠実さで、それは「自分の職務を果たすことだ」と「ペスト」の主人公である医師リウーは言う。その言葉は、東日本大震災後の今の日本の現状を考えると重い。
(編集委員 河野孝)
『最初の人間』予告