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memo ∞ 「「習近平はババを引く?」:日経ビジネスオンライン」 

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  坂田 亮太郎

「習近平はババを引く?」:日経ビジネスオンライン

 中国国家統計局が1月に発表した2012年の実質国内総生産(GDP)は成長率が7.8%だった。政府が目標としていた7.5%を上回り、「2013年に8%程度の成長は達成できる」との明るい見方が中国内外で支配的だ。2012年10〜12月期の伸び率が8四半期ぶりに前期を上回ったことも楽観論を後押ししている。

 しかし、中国が抱えている課題はどれも深刻なものばかりで、中長期的に見れば中国経済の先行きは厳しいと言わざるを得ない。世界経済の牽引役を務めてきた中国の今後について、津上俊哉氏(現代中国研究家)に聞いた。(聞き手は坂田亮太郎)

世界の先進国に先駆けて、中国が2012年の成長率を発表しました。

津上:数値が正しいのであれば、大変素晴らしい結果と言えるでしょうね。ただ、中国の公式統計は本当に信用できるのかという話が昔からあります。今年3月に首相に就任予定の李克強氏はかつて「経済評価で注目するのは、電力消費、鉄道貨物量、そして銀行融資の3データだけ。GDPは“人為的”なので、参考用にしかならない」と語ったとされるほどです。

 2012年の7.8%成長の半分は、36兆元(約540兆円、1元=15円で換算)に上る固定資産投資が生み出したと言われています。過去4年分を合算すると、固定資産投資は100兆元を超えます。銀行貸出総額が64兆元で、その4割は短期貸付なのに、どうやって100兆元もの資金をファイナンスしたのでしょうか。そのための銀行借り入れが2〜3年で全部償還できるというなら別ですが。

 中国では各地方自治体のトップが厳しい出世競争を繰り広げているので、自らの出世のために成長率を“お化粧”するケースがよくあると言われています。そのような数値をいくら積み上げたところで、信用に足るデータになり得るのかと疑問に思うのは自然なことでしょう。中国経済は、実体的には依然として厳しい不況下にあると私は思っています。

津上俊哉(つがみ・としや)氏 津上俊哉(つがみ・としや)氏
1980年東京大学法学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。通商政策局公正貿易推進室長などを経て、1996年から北京の日本大使館に経済部参事官として赴任。2000年に帰国後、通商政策局北東アジア課長、経済産業研究所上席研究員などを経て退官。2004年に中国と日本にエクイティ投資を行う東亜キャピタルの社長に就任。2012年に津上工作室を立ち上げ代表に。著書に「岐路に立つ中国―超大国を待つ7つの壁」(日本経済新聞出版社)、「中国台頭―日本は何をなすべきか」(日本経済新聞社)などがある。1月に「中国台頭の終焉」 (日経プレミアシリーズ)を上梓した。

 とは言え、外国人である我々が中国経済の状況を把握するためには中国政府が公表する統計数値に頼るしかありません。玉石混淆のデータの中で最近私が注目したのは、2010年に10年ぶりに中国で実施された大規模な人口調査「人口センサス」(以下「2010センサス」と呼ぶ)です。

 2010センサスでは、中国の出生率がこれまでの予想(1.8)を大きく下回る1.18にまで低下していることが明らかになりました。また、中国国家統計局は最近、労働力の中核を担う15〜64歳までの生産年齢人口が2012年に史上初めて減少したと発表しました。

労働力の減少がもたらすインパクトは「日経ビジネス」2013年1月7日号にも寄稿していただきました。

津上:食糧に事欠くほど貧しかった1970年代当時の中国にとって、人口を抑制するために「計画生育政策(いわゆる一人っ子政策)」を導入することは必然だったと言えるでしょう。しかし導入から30年以上が経過し、中国の国内も中国を取り巻く環境も大きく変貌を遂げました。

都市に移住しても差別される農民戸籍者

 今は、急速な少子化によって労働者の数が減り、その結果、賃金の上昇スピードがこれまで以上に加速すると懸念されています。このままでは高い経済成長を維持するのは極めて難しい。必要な政策をきちんと打てなければ、潜在的な成長率である5%程度の成長さえ危うい状況です。

 経済の専門家の中には「労働者の数が減ると言っても、その減少数は全体の労働者数から見ればわずかなのだから、成長が止まるなんて大げさだ」と指摘する方がいらっしゃいます。私は「中国の成長がすぐに止まる」と言った覚えはないのですが。人口減少の影響が2020年以降に強烈に出てくると見ています。

 中国経済が成長するうえで、ドライビングフォース(推進力)になる要素はもちろんあります。代表的なのが都市化の推進ですね。総人口に占める都市住民の割合を中国では「都市化(城市化)」比率と呼びます。一般的に農村で働くよりも都市で働く方が付加価値も賃金も上がりますから、農民が都市に移り住めば、それだけでGDPを押し上げる要素になります。

2010年に上海市で開催した万博では「Better City, Better Life」がメインテーマでした。

津上:都市化率を引き上げることができれば経済成長率を押し上げる点について私も同意します。しかし、それを阻害する要素も様々あるので、私はそれほど楽観的ではいられないのです。

 実例を挙げましょう。2000年に4億6000万人だった都市人口は、2011年には6億9000万人にまで拡大しました。しかし、農村から都市に流入した2億人あまりの人々は農村戸籍のままで、今も正規の都市住民として扱われていません。「都市・農村二元構造問題」と呼ばれる問題です。従来は都市と農村にまたがって起きていた二元構造問題が、今は都市内で起こる事態となりました。

 例えば農村戸籍者は、都市に住んでいても、病院に行けば都市戸籍者よりも余計な出費を強いられます。子弟には割高な授業料がかかる。大学を受験するにも(合格するのに必要な点数が都市部よりも高い)原籍地から出願するしかない。こうした差別が貧富の格差を拡げて社会の緊張を高めています。また、農民が都市に移動する意欲を殺いで都市化を阻害し、都市の賃金上昇をいっそう加速しています。

 こうした差別を改善するために、最近では失業・医療保険など就労に関する保護制度が農村戸籍者にも適用されるようになってきました。しかし、数ある二元構造を一元化していくためには莫大なコストがかかるため、都市化に伴う経済押し上げ効果を相殺しかねないのです。

 医療、教育、住宅、生活保護などの行政サービスのレベルを都市戸籍者並みに引き上げる必要がありますが、それは地方政府の財政を直撃する問題です。インフラや産業にばかり投資してきた地方政府のお金の使い途を抜本的に変えないと解決できないでしょう。

格差の是正は胡錦濤政権が力を入れてきた政策であったはずです。

津上:確かに胡錦濤政権は、出稼ぎ労働者の低賃金を前提にした労働集約的な産業構造を改めるとか、産業発展が引き起こす環境汚染を是正しようと様々な手を打ってきました。成長がもたらす歪みに着目したところに、経済成長を優先した江沢民政権との違いを感じましたが、力の入れ方はまったく足りなかったと言わざるを得ません。

「国進民退」が進んでしまった10年間

 加えて、「国進民退」という、国有企業が優遇される一方で民営企業が圧迫される事態は、胡錦濤政権の10年間で取り返しの付かないほど進んでしまったと感じています。中国は、効率の悪い政府や国有企業がますます経済の中心を占めています。

 胡錦濤時代に国進民退がここまで進んでしまったのも、江沢民・朱鎔基政権の路線に対して胡錦濤氏が違和感を覚えたことや、社会全体が改革に疲れたこと、があったように感じます。

 江沢民政権が進めた経済民営化(国退民進)、「3つの代表」(民営企業の企業家にも中国共産党の党員になることを認める)などの路線に対して、胡錦濤氏は社会主義の考え方から余りにもかけ離れてしまうと懸念したのではないか。結果的に、彼の治世において、経済政策は「左旋回」、つまり公有制の方向にかなり回帰しました。私は「それで中国は良くなりましたか」と尋ねてみたい気がします。

 国進民退の弊害は様々なところに出ています。例えば、リーマンショック後に4兆元(当時のレートで約57兆円)もの大型景気対策を打ちました。今はその後遺症に苦しんでいます。

あの当時、世界経済は先のまったく見えない状況にありましたから、中国が巨額の景気対策に取り組むと聞いて、「中国には世界経済を救う意志があるんだ」と私は感じました。

津上:私もすごい政策を打ち出したもんだと感心しました。中国の景気刺激策は過去において、過剰設備問題を繰り返してきました。政府が支出拡大を決めると、国有企業がその多くを占める重厚長大産業に設備投資が集中し、設備の過剰が深刻になる。今回は同じ轍を踏まないように、都市インフラ――鉄道や道路、空港――や、環境関連――省エネ対策や環境保護――に対して重点的に投資する方針でした。

 ところが、政策を実行に移す段階でおかしなことになりました。4兆元の投資を賄う資金のうち3割は中央政府が負担したものの、残りは地方政府が主に借り入れによって調達したのです。この資金需要を賄うために中国は、2009年から空前の金融緩和措置を取りました。

 金融貸し出しのバルブを全開にしたために過剰流動性が発生しました。そのせいで大量の投機マネーが不動産市場に回り、中国全土で不動産価格が高騰したのです。

 鉄やセメントなどの素材産業でも、4兆元投資によりインフラ整備向けの需要が急増すると当て込んで、結局は全国でまたぞろ設備投資競争が起きました。いまや深刻な過剰設備問題がぶり返しています。

「親方五星紅旗」がはびこる中国

 市中にはジャブジャブと言っていいほどマネーが流れ込みましたが、その大半は国有企業と不動産向けの融資に回りました。一方、民営企業には資金が回らず、結局は本来回るべきところにカネが回っていないという状況になりました。

 要するに、4兆元投資のあらかたが国有企業の胃袋に収まり、国有セクターは膨張。一方の民営セクターは相対的に衰退するという傾向がますます顕著になってしまいました。

 これは中国の未来にとって極めて深刻な問題です。いまやコスト上昇が顕著な中国は、今後生産性と付加価値を高めていかなければ、経済の実質成長が図れません。そういうさなかに「親方五星紅旗」をこれ以上はびこらせてどうする、と言いたいです。

 このままでは中国経済は中期的に、5%の潜在成長力さえ失って、停滞に陥ってしまう危険性が高いと思います。

これから中国を率いていく習近平氏は、難しい舵取りをしていかなければならないということですね。

津上:中国の改革開放は過去に2度、ピンチを切り抜けました。1度目は1989年に起きた天安門事件です。この時は鄧小平の南巡講話で蘇りました。2度目は1998年のアジア通貨危機の時。経済が低迷したものの、WTO(世界貿易機関)に加盟することで何とか乗り切りました。今直面している3度目のピンチは、過去の2回以上に深刻です。

 経済成長は減速するうえ、前任者からは重たい負の遺産を引き継いだ。酷な喩えになりますが、習近平氏はババを引くことになるかもしれません。

 ただ、最近面白い話がありました。12月上旬、習近平氏が総書記として初の視察先に深圳を選んだと報じられた途端、昨年後半以降下がる一方だった株価が反騰したのです。鄧小平の南巡講話を思い起こさせる深圳行きを見て、改革の先行きを悲観していた市場が少し気を取り直したといいます。「左旋回」した胡錦濤氏の最初の視察先は毛沢東の偉業を称えた革命聖地でした。この差に気づいて、私は「なるほど」と納得しました。

 習近平氏は人民向けの演説で度々「中国の夢」に言及しています。「夢」を実現するためには、困難な改革に立ち向かわなくてはなりません。新政権の発足に当たって、「ボン・ボヤージュ!(良き航海を)」と言いたいですね。

 新政権が取り組むべき課題については、この度上梓した書籍「中国台頭の終焉」に詳しく述べました。ポイントは、国家資本主義を改め、成長の富を民に還元すること。そして都市と農村の二元構造問題の解決を急ぐことです。

「中国台頭の終焉 (日経プレミアシリーズ)」中国台頭の終焉 」(日経プレミアシリーズ)

 どれも難しい問題ですが、現実を正視して、あるべき改革を加速してほしいと思います。

 もう1つ本書を通じて日本の皆さんに伝えたかったのは、「日本人は心を強く持とう」と言うことです。「失われた20年」の間に日本人はすっかり自信をなくし、心が弱くなってしまったと感じています。その反面、政治的には声高で勇ましいナショナリズムが台頭しています。それも台頭する中国が日本を奪いに来るかのような不安に煽られた「心の弱いナショナリズム」です。それでは国は救えません。

 確かに、最近の中国の言動は日本を含めた周辺国に不安を与えています。しかし、中国ではこれから少子高齢化が急激に進み、兵士の担い手にさえ事欠く事態に陥る可能性が高い。さらに、年金の積み立てもままならない中国がこれまで以上に軍拡路線に突き進めば、待っているのは自滅だけです。そのことを冷静に見抜いてほしいと思います。

 日本も中国も少子高齢化がもたらす衝撃に耐えなければなりません。本当は、どちらの国も外交的に対立し、軍拡競争などやっている余裕はないのです。アジアの隣国同士、お互いの良いところを引き出し合って東アジアのみならず世界の安定に貢献してほしいと願うばかりです。


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