(新・エネルギー戦略)(下)自給率の向上、政策課題に :日本経済新聞
松井賢一 龍谷大学名誉教授
39年生まれ。東京大教養卒。日本エネルギー経済研究所参与
多様な供給源を確保 原発の安全向上に全力を
<ポイント>
○供給不安のある石油離れは今後も続きそう
○パワー不足の再生可能エネは主役になれず
○自給できない部分は安定地域からの輸入で
福島第1原発事故は、従来の政策を抜本的に見直す新しいエネルギー戦略の確立を迫っている。事故後、反原発、再生可能エネルギー推進の声が前面に出た感がある。一方で、北アフリカ、中東の不安定な政治情勢を背景に原油輸入の先行きに不安が生じるとともに、急増した火力発電による発電コストの上昇で電気料金の大幅引き上げが避けられない情勢となってきた。
筆者は目先の事態にとらわれず、エネルギーの大局観に基づく戦略の再構築が重要であると考える。本稿では、エネルギー源別の考察を通じて議論を展開したい。
まず石油についてみると、第1次石油危機が始まった1973年、世界のエネルギー供給に占める石油の比率は47%であったが、2010年には34%へと大きく低下した。減少分を埋めたのは、他のエネルギー、特に原子力、石炭、天然ガスであった。この変化は一般的に、石油代替エネルギー政策の導入、地球温暖化問題の登場によるところが大きかったと指摘される。ただ、筆者は石油輸出国機構(OPEC)の原油高価格政策と国際石油市場の管理能力の低下が最大の理由とみている。
この状況は、今後も変わらず、豊富な資源量にかかわらず、時に発生する石油価格の乱高下と地政学的理由による供給不安で、需要家の石油離れが続くと予想される。
次に、石炭も資源量は豊富である。OPECが石油の高価格政策を採用したために、石炭業者は石油価格より若干低めの価格を設定して需要を拡大させ、生産量を大幅に伸ばした。今後もこの傾向は続くとみられるが、石炭の泣きどころは温暖化ガス発生量が大きいことだ。高効率の石炭火力発電は実用化されたが、温暖化ガスの捕捉・貯留に関する技術・システムについてはまだ展望が開けていない。
天然ガスについては、温暖化ガス発生量が石炭、石油より小さいことから、需要が急増し生産量も大きく伸びている。探査・開発も進み、確認埋蔵量は大きく伸びて07年には石油の確認埋蔵量に並び、さらに15〜20年ごろには生産量でも石油に追い付くと予想される。天然ガスは石油に比べ資源の偏在性が小さく、地政学的な事情による供給の不安定性も石油より小さい。
さらに最近、カタールやロシアなど巨大な生産国が現れただけでなく、米国で大量の「シェールガス(地中の岩盤層に含まれる新型天然ガス)」や従来型のガス田の隅にあって回収できなかった「タイトガス」、あるいは石炭層からのメタンガスが生産されるようになった。その結果、世界の天然ガス市場では競争が激しくなり、巨大な市場に成長する条件がそろってきた。
一方、太陽光、風力発電などの再生可能エネルギーは確かにクリーンで無尽蔵ではあるが、エネルギー密度やパワー密度が極めて小さい。エネルギー密度、パワー密度はそれぞれ一定の面積、容量、重さあたりのエネルギーもしくはパワーの量である。一般的にこうした密度が高いほど、生産コストが安くなり、生産量も消費量も大きくなる。
さらに、再生可能エネルギーを論じる時には、エネルギーとパワーの違いを区別することが重要だ。エネルギーが仕事をする能力であるのに対し、パワーはある時間内に仕事をする能力のことで、エネルギーを生産あるいは消費するスピードといってもよい。数式で表すと、パワーはエネルギーを時間で割ったものであり、逆にパワーに時間をかけるとエネルギーになる。
また、パワーには「支配する」という意味も含まれる。人はスイッチを入れたり、アクセルを踏んだりするだけで、希望するパワーを得ようとする。人が求めるものはエネルギーよりパワーである。人が欲しい時に欲しいだけのエネルギーを供給してくれない限り、再生可能エネルギーは主役になれないだろう。
原子力発電についてはどうだろうか。福島原発事故から1年ほどたつがこの間、原発に関しては後ろ向きの意見が多く聞かれた。しかし、原子力の持つ膨大なエネルギー密度、パワー密度は否定しようもなく、これをより安全かつ安く使う方法について研究が積み重ねられてきた。これまで主流となってきた大型軽水炉において大きな技術進歩がみられるだけでなく、様々なタイプの炉、再処理方式の研究が継続されてきた。
この中で最近注目されているものの一つに、1万〜30万キロワット級の小型原子炉がある。
その理由として(1)初期投資額が大型に比べはるかに小さく、量産で大幅なコスト低下が期待される(2)機械的に動く部品の数を極端に少なくするとともに、重力による水の落下や空気の自然対流など自然現象を活用したパッシブ(受動的)安全システムの思想で設計されている(3)地中に埋められる設計のものが多く、天候異変やテロ対策に強い(4)空冷式のものもあり、川や海の近くに立地する必要がない(5)既存の原発から出る使用済み燃料を簡単な再処理をして利用する炉が研究されている――ことなどが挙げられる。
米原子力規制委員会(NRC)は年内にも、米バブコック・アンド・ウィルコックス(B&W)のmPower炉(12.5万キロワット、加圧水型軽水炉、空冷復水器)について、設計認証に向けた審査を始めるとみられる。
また、米エネルギー省も小型炉導入に関する保険・賠償制度の法整備を進めている。さらに同省は今年1月、世界的なクリーンエネルギー技術開発競争を勝ち抜くための先端技術として小型原子炉を位置づけ、政府による民間の開発支援を発表するとともに、どの型式の小型炉を支援対象とするかを決めるための入札を開始した。
こうしたエネルギーを取り巻く大きな流れの中で、またグローバル化の動きが加速する中で、日本はどのようなエネルギー戦略を構築したらよいのだろうか。
筆者は、グローバル化とは知的構想力という武器を使った戦争であり、厳しい弱肉強食の世界に行き着くと考えている。そうした環境の中で日本が生き残っていくには、知的構想力を育み深化させる経済的基盤を確固たるものとしなくてはならない。その基盤となるのは、多様な供給源を確保するため国産エネルギーを中心として、足らない部分は政治的に安定している地域からの輸入でカバーする「ほぼ自給」あるいは「準自立」と呼べるエネルギー供給ミックスの確立である。
国産のエネルギーとしては水力、若干の国産石油・ガス、再生可能エネルギーが挙げられるが、原子力もある意味で国産エネルギーとみていいだろう。この中で原子力以外のエネルギーは、資源量の不足、供給の不安定性、エネルギー密度・パワー密度に関する制約がある。それだけに日本が最終的にとるべき道は、原子力を軸としたエネルギーミックスであると考える。
もちろん昨今の原発を巡る状況を勘案すれば、原発への信頼を回復することが先決であることはいうまでもない。そのためには、福島原発事故の原因の徹底的な究明、科学的かつ合理的な安全基準の見直しと抜本的な対策の実施、国民や立地自治体の理解を得るための地道で根気強い努力が必要である。決して容易な道ではないが、そうした努力を続けることにより道が開けてくるのではないだろうか。