天声人語より…わが国にも誇れる女神像がある。こちらは純然たる祖先の作である。山形県で20年前に出土した「縄文のビーナス」が、土偶では四つ目の国宝に決まり、きょうから上野の東京国立博物館で公開される
縄文のビーナス
2012年04月21日
発掘直後の1992年8月7日に撮影された土偶。破片がバラバラに出土した=県埋蔵文化財センター提供
発掘に携わった黒坂雅人さん
∞ 土偶造形の到達点 文化審評価
県内6件目 町づくり弾み
「縄文のビーナス」の呼び名で親しまれている県
保有の土偶が、国宝に指定されることになった。
舟形町の西ノ前遺跡で発掘されてから20年。
美しい造形が高く評価された。県内の国宝指定は
2001年の「上杉家文書」(米沢市所有)以来
で6件目になる。
土偶は県教委の調査団が1992年に西ノ前遺跡
で発掘。約4500年前(縄文中期)のものとみ
られ、高さ45センチ、最大幅17センチ、重さ
3・155キロで、国内最大の土偶だ。腰がくびれ、
足元に向かって広がるラインが美しい女性の立像で、
胸や腹に膨らみがあり、臀(でん)部が張りだして
いる。目や鼻、口は描かれていない。
96年に県有形文化財、98年に国の重要文化財に指定され、英国の大英
博物館をはじめフランスやドイツ、中国でも展示されてきた。
国宝指定を答申した文化審議会は「縄文時代の土偶造形のひとつの到達点
を示す優品。学術的価値が極めて高い」と評価している。
2012.4.28
エーゲ海のミロス島で、農夫がその大理石像を見つけたのは1820年の春。両腕は欠けるも、体重は右に、視線は左に向けて、額から伸びた鼻筋が美しい。フランスの外交官らの機略で、「ミロのビーナス」はルーブル美術館の至宝に落ち着いた▼以来、原則として門外不出である。例外は1964年、日本への旅だった。手前みそながら、仏政府にかけ合い、東京と京都で展示を企てたのは朝日新聞だ。一点のみの美術展を、172万人が訪れた▼わが国にも誇れる女神像がある。こちらは純然たる祖先の作である。山形県で20年前に出土した「縄文のビーナス」が、土偶では四つ目の国宝に決まり、きょうから上野の東京国立博物館で公開される▼4500年前、縄文中期の逸品だが、現代彫刻の趣がある。国宝に推した文化審議会は「土偶造形の一つの到達点」と評した。縄文人(びと)からの贈り物と喜ぶのは、所蔵する山形県の吉村美栄子知事だ。「豊穣(ほうじょう)の祈りや再生の意味がある土偶が国宝となり、東北の再生にもつながる」と▼ミロのビーナスの倍の歳月を知り、渡航歴はすでに本家をしのぐ。フランス、中国、ドイツ、英国をめぐり、縄文文化の豊かさを伝えてきた。文化使節としての実績は国の宝にふさわしい▼素焼きの立像に向き合えば、大胆な捨象(しゃしょう)の美を思うはずだ。次いで土の香り、祝祭のさざめきだろうか。じんわりと、五感に太古がこみ上げる。時をせき止めて、縄文の匠(たくみ)を守り通した国土に、改めて感謝したい。