産総研、アカトンボがどうして赤くなるのかを解明。酸化還元反応による体色変化機構が存在。生物が抗酸化状態を維持するしくみの解明にも期待 (発表資料)bit.ly/NkLkS9 pic.twitter.com/t5UYvOxv
アカトンボなぜ赤い 成熟で色素変化 産総研が解明 :日本経済新聞
産業技術総合研究所の二橋亮研究員と深津武馬研究グループ長らは10日までに、アカトンボが赤くなる仕組みを解明した。オスは未熟なうちは黄色だが、成熟すると色素が酸化型から還元型に変わるため、体が赤くなる。色素の酸化還元反応での変化は、動物では知られていなかったという。米科学アカデミー紀要に掲載された。
抗酸化作用のある薬物の開発に応用できる可能性もあるという。
アキアカネ、ナツアカネ、ショウジョウトンボの3種類のアカトンボには2種類のオモクローム系色素が共通して含まれている。色素は酸化剤を加えると黄色、還元剤によって赤色に変化することを突き止めた。
成熟したオスは還元型色素の割合が高く、還元剤のビタミンCを注入すると未成熟のオスだけでなく、成熟したメスも成熟したオスのように赤くなった。
今回の研究によると、オスが日なたにとどまって縄張りを守る際に紫外線による体への影響を和らげる役割を果たしている可能性もあるという。
アカトンボがどうして赤くなるのかを解明 −酸化還元反応による体色変化機構− ポイント アカトンボのオス成虫の体色が黄色から赤色に変化するしくみを解明 特定の色素の酸化還元状態の変化という、動物体色の制御機構を新たに発見 生物の体色だけでなく抗酸化状態を維持するしくみの解明にも期待 概要独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門【研究部門長 鎌形 洋一】生物共生進化機構研究グループ 二橋 亮 研究員と深津 武馬 研究グループ長らは、日本人に馴染みの深いアカトンボの仲間では、オモクロームという色素の酸化還元反応によって、体色が黄色から赤色に変化することを解明した(図1)。
アカトンボは、未成熟の成虫ではオスもメスも体色は黄色であるが、オスは成熟する過程で黄色から赤色へと体色が変化する。これは、オモクロームが酸化型から還元型へと変化することによるもので、色素の酸化還元状態の変化により体色が大きく変わるという、これまで動物では知られていなかった体色変化機構である。赤くなったトンボの細胞は還元型色素によって抗酸化状態となっているため、体色変化に関わる分子メカニズムの理解が進むことで、体内の抗酸化状態を維持するしくみの解明への展開も期待される。
なお、この研究成果は、2012年7月10日(日本時間)に米国の学術誌Proceedings of the National Academy of Science USAにオンライン掲載される。
図1 アカトンボの体色変化(写真はナツアカネ)メスはオスと比べて還元型の色素の割合が低く抗酸化状態の程度も低い 開発の社会的背景
赤とんぼ(三木露風 作詞、山田耕筰 作曲)のメロディーは、日本人なら誰でも知っている心の歌といってよいだろう。抜けるような青空に映えるアカトンボの群れ飛ぶさまは、私たちに秋の訪れを告げる季節の風物詩としてなじみ深いものである。
では、なぜアカトンボは赤いのか?実は鮮やかな赤色のアカトンボは成熟したオスであり、メスや、羽化したての未成熟のオスは、地味な黄色っぽい色彩をしている。このような雌雄の体色の違いは、配偶者の認識や縄張り行動などにおいて重要な役割を担っている(図2)。昆虫類やその他の動物における体色変化については、色素の合成や分解、色素の局在変化、餌からの色素取り込みなどの機構が知られているが、これまでアカトンボの体色変化機構についてはまったく不明であった。
図2 ショウジョウトンボの未成熟および成熟の雌雄の体色 研究の経緯産総研では、さまざまな環境に適応してきた昆虫類を対象に、それらの高度な生物機能の解明に取り組んできた。体内の共生細菌によって宿主昆虫の体色が変化することを明らかにするなど(2010年11月19日 産総研プレス発表)、体色という重要な生態学的性質について、生物機能や形成機構の研究を進めている。多くの種類のトンボでは雄雌や性成熟に応じて体色が変化するが、その分子機構はまったく不明であり、今回その解明に取り組んだ。
なお本研究は、独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成事業 若手研究B「トンボの体色変化・体色多型の分子基盤の解明」と文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究「複合適応形質進化の遺伝子基盤解明」による支援を受けて行ったものである。
研究の内容アキアカネ、ナツアカネ、ショウジョウトンボの3種類のアカトンボに含まれる色素の抽出と同定を行った。これらのアカトンボに共通して、黄色〜赤色の色素である2種類のオモクローム系色素(キサントマチンと脱炭酸型キサントマチン)が含まれることがわかった(図3)。
図3 赤くなるトンボから同定された2種類のオモクローム系色素どちらも酸化型は黄色みが強く、還元型は赤みが強い
オモクローム系色素については、先行研究により試験管内で酸化還元反応により色が可逆的に変化することが報告されていた。今回、アカトンボから抽出した色素は酸化剤や還元剤を添加すると、酸化剤によって黄色へ、還元剤によって赤色へと可逆的に変化した。さらに、生きているアカトンボに還元剤であるアスコルビン酸(ビタミンC)を注入したところ、未成熟オスだけでなく成熟メスも、成熟オスのような赤い体色に変化した(図4上)。未成熟と成熟のオスとメスのそれぞれから抽出した色素について酸化還元電流を測定して、色素の酸化型と還元型の割合を定量したところ、成熟オスだけ還元型オモクローム系色素の割合が顕著に高かった(図4下)。これらの結果から、アカトンボの黄色から赤色への体色変化は、オモクローム系色素が還元型に変化することが主要な原因であることがわかった。
図4(上)還元剤を矢印の部分に局所注入したときの体色変化(下)成虫の腹部から抽出したオモクローム系色素の還元型の割合(10個体の平均と標準偏差) 植物などでは、アスコルビン酸など水溶性の抗酸化物質(還元剤)の蓄積がよくみられるが、アカトンボでも成熟オスでは抗酸化物質の合成や蓄積が行われ、オモクローム系色素の還元に関与している可能性が考えられた。そこで、トンボの皮膚を水で抽出して抗酸化物質の存在を調べたところ、成熟オスには抗酸化物質が多く含まれることが示された(図5)。また、この抗酸化物質を同定したところ、還元型オモクローム系色素そのものが、オスに含まれる抗酸化物質の主要成分であることが判明した。 図5 酸化還元電流の測定結果
赤い成熟オスでは抗酸化物質の量が多いことが確認された
従来、多くのアカトンボ類でオスだけが赤くなるのは、婚姻色として性的に成熟したオスの識別やアピールに機能をもつと考えられてきた。しかし、今回の研究により、オスのアカトンボが日向に留まって縄張りをつくる際に、紫外線による酸化ストレスを軽減するという別の機能も果たしているという新たな可能性が考えられる。
今回、アカトンボ類が体内色素の酸化還元状態を変えることで成熟に伴う体色変化をおこすという、動物ではこれまで知られていなかった体色変化機構が明らかになった。赤くなったトンボは細胞内が抗酸化状態となっており、標本にしたアカトンボでもかなりの期間にわたって赤色が保たれることから、色素の還元型の状態を維持する何らかの機構をもっているものと思われる。その機構を解明することにより、抗酸化作用に関する新たな理解が得られる可能性も考えられる。
今後の予定今後は、次世代シーケンサーを用いた網羅的遺伝子発現解析を行い、アカトンボの体色変化に関わる分子機構を解明することで、抗酸化反応を効率的に行い、その状態を維持する機構を明らかにしていく予定である。将来的には、天然の抗酸化物質を応用した製剤の開発などにつながる可能性もある。
用語の説明 ◆アカトンボトンボ目、トンボ科のアカネ属(Sympetrum)に含まれる種類の総称。アキアカネ(Sympetrum frequens)とナツアカネ(Sympetrum darwinianum)が最も有名。なお、同じトンボ科で赤くなるショウジョウトンボ(Crocothemis servilia)も、しばしばアカトンボと称される。[参照元へ戻る]
◆オモクローム、オモクローム系色素アミノ酸の一種であるトリプトファンから合成され、中間体3-ヒドロキシキヌレニンが酸化縮合して合成される色素の一群。赤、茶、紫などの色素がある。昆虫を含む節足動物の主要な色素で、軟体動物にも存在する。[参照元へ戻る]◆酸化還元反応化学反応のうち、物質間で電子の受け渡しがある反応。酸化される物質は電子を放出し、還元される物質は電子を受け取る。 [参照元へ戻る]◆次世代シーケンサー従来のシーケンサーとは異なり、一度に読み取れる塩基配列の長さが50〜500塩基(従来法では約800塩基)と短いものの、高度並列処理により1回の解析で数千万〜数十億塩基対の塩基配列情報を得ることができる特徴をもつ。[参照元へ戻る]