「ホンダらしさが感じられない」と言われて久しい。ところが、8月発売の意外な商品に「イズム」が宿っていた。被災地の声を拾った開発物語が、復活劇の幕開けとなるか。
8月上旬、一般家庭や飲食店などで利用されているLPガスのタンクで発電する「低圧LPガス発電機」が発売される。東日本大震災の被災者から、「LPガスのタンクが軒下に残っている。これを使って発電できないか」と問い合わせを受けて、開発された製品だ。
作ったのはホンダと矢崎総業。本体はホンダの汎用機部門が開発し、タンクとの接続部分などを矢崎総業が担当した。セット価格で23万790円になる。
矢崎総業の社員に「低圧LPガス発電機」の試作品を紹介するホンダ開発陣
「開発期間はこれまでの半分程度。発電機の技術はあったが、これほど早く発売できるとは考えていなかった」
担当した初谷勉・本田技術研究所汎用R&Dセンター第1開発室第1ブロック主任研究員は、そう振り返る。
2年前、ホンダは家庭用コンロに使うカセットガスを燃料にした小型発電機「エネポ」を開発している。被災者は、これをLPガスとつないで使おうと考えたわけだ。ところが、カセットガスとLPガスでは、容器の形状や燃料の特性が異なるため、発電できない。
被災地のために開発する――。昨年4月、ホンダはガス機器で高い技術力を誇る矢崎総業と連携して、突破口を探った。矢崎総業はLPガスタンクと発電機を接続するバルブやホースの技術を駆使して、「液化石油ガス法」に基づく認証を申請した。昨年9月、ついに認可が下りる。そこからホンダと矢崎総業の「LPガス発電機」開発が本格的にスタートした。
「大企業病」を克服する「発売は2012年10月」。ホンダは当初、矢崎総業にそう説明していた。生産や調達、販売などの部署と協議した結果だった。だが、電力需要がピークを迎える夏に間に合わせたい。初谷氏らホンダ開発陣は「せめて8月に発売したい」と社内で説いて回った。
それは、本田技術研究所の山本芳春社長が推し進める「社内改革」に合致していた。かつては、風通しの良い社風で、傑出した製品を他社に先駆けて開発していたホンダ。だが、いつしか組織が肥大化し、「大企業病」の症状が生まれていた。「スピード開発のモデルケースになるかもしれない」。ホンダは開発陣を倍増させる決断を下す。
現場主義の徹底も図った。初谷氏は、開発部員を、何度となく販売現場に連れ出した。「開発者は『尖ったモノ』に走りがちだが、消費者のかゆいところに手が届くのがホンダらしさ」(初谷氏)。そして、販売の現場に試作品を持っていくと、顧客から「発電機なのにこんなに静かなのか」と驚きの声が上がった。その反応に、開発陣の目の色が変わった。
「熱さ」は矢崎総業にも伝わった。矢崎エナジーシステムの橋本仁常務は、社内に号令をかけて、一晩で600人もの社員から「LPガス発電機」のアイデアを集めた。ホンダの技術陣との打ち合わせに50人の社員を参加させたこともある。顧客の声も、ホンダの開発陣にフィードバックしていった。
消費者の声を拾いながら、短期間で画期的な製品を世に出す。ホンダは忘れかけていた「ホンダイズム」を取り戻すきっかけをつかんだ。
「開発者は現場でニーズを確認して、製品は現場に持っていって確認しろ」。本田技術研究所の山本社長は、そう繰り返してきた。だが、これまで「開発期間の短縮」という名の下に、現場で過ごす時間は削られ続けてきた。それだけに、今回の新製品は大きな意味を持つ。
7月1日。本田技術研究所の創立記念日に、山本社長は開発陣にこう話した。
「現場にもっと出向くんだ。そこに障害があるなら、私が取り除く」。次の目標は、4輪の開発で「ホンダイズム」を世界に見せつけることに違いない。
山根 小雪(やまね・さゆき)日経ビジネス 2012年7月30日号12ページ
−ホンダの意外な「復活の狼煙」− より