東大、屋内照明で抗ウイルス作用持つ光触媒開発−酸化チタンにナノサイズ銅:日刊工業新聞 2012年10月12日
東京大学の橋本和仁教授らの研究チームは11日、屋内の照明でも高い抗菌・抗ウイルス機能を持つ光触媒を開発したと発表した。感染リスクの高い空港や病院で効果を実証した。2013年にも新触媒を利用した製品が市場に出る見込み。屋外利用が中心になっている光触媒の市場が拡大する可能性がある。
成果は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトの一環。現行の光触媒は紫外線(UV)でしか機能が発揮できず、UVの少ない屋内で高い抗菌・抗ウイルス機能を持つものはこれまでなかった。
開発したのは代表的な光触媒である酸化チタンの表面にナノサイズの銅をつけたもの。蛍光灯下の実験では、大腸菌や多剤耐性菌、インフルエンザウイルス、ノロウイルスなどの細菌やウイルスを1―2時間で99%以上死滅させた。光のない暗所でも高い抗菌・抗ウイルス機能を確認できた。
東大など、「銅系化合物酸化チタン」で可視光による強力な光触媒を実用化 | 開発・SE | マイナビニュース
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と東京大学は10月11日、「銅系化合物酸化チタン」(画像1)材料で従来よりも優れた抗菌効果に加え、これまでは実現困難とされていた抗ウイルス性能に優れた新しい光触媒材料を開発したと共同で発表した。
今回の成果は、NEDOが実施した「循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト」において、東京大学と助成先各社(昭和タイタニウムなど)が、新しい原理に基づいた光触媒材料の開発を実施した結果である。
画像1。銅系化合物酸化チタン
近年、生活環境を脅かすさまざまな問題が顕在化しており、早急な解決に向けた技術開発が求められている。具体的には、室内外の環境破壊を促進する多種多様な有害化学物質への対策、院内感染問題をはじめとする抗菌・抗ウイルス対策、土壌汚染対策などが強く望まれており、国の施策の下、健全な経済産業活動と安心・安全な生活環境の実現が急務となっているところだ。
現在上市されている光触媒製品は、「紫外光応答型光触媒」を用いた製品が中心であり、外装建材、浄化用フィルター材を中心に市場が拡大しているものの、紫外線の少ない室内などでの利用は限られている。こうした中で、2001年には部分的に可視光を吸収する光触媒が日本で開発されたが、その性能は現状では室内などの環境で使用するには不十分だった。
このような紫外線の少ない環境下での光触媒の潜在的ニーズを含めれば、光触媒市場は今後20年間で3兆円近くにまで達するものと見込まれており、可視光照射下においても高い光触媒効果が現れ、消費者や利用者がそれを実感できる製品を普及させるため、十分に高感度な「可視光応答型光触媒材料」の開発が急務となっているというわけだ。
画像2は、今回開発された、可視光応答型光触媒材料の開発材料である銅系化合物を担持した酸化チタンの抗菌・抗ウイルス効果である。この材料は、光が当たらない暗所でも抗ウイルス効果を発揮し、感染力のあるウイルスの数は1時間で4桁減少、すなわち、99.99%のウイルスを不活化することができた。これには、開発した研究者らも「大変驚くべきこと」としている。
また、可視光(紫外線をカットした白色蛍光灯で照度は800ルクス)を照射したところ、1時間で7桁以上のウイルスを不活化することに成功した(画像3)。また、大腸菌(画像4)、黄色ブドウ球菌(画像5)などの抗菌効果についても抗ウイルス効果と同様、暗所での抗菌効果を発揮し、さらに可視光の照射でその効果が大きく促進されることが判明している。
画像2。銅系化合物酸化チタンと、従来材料(従来ドープ酸化チタン)との抗ウイルス効果の比較
画像3。ウイルス(ファージ)を800ルクスの蛍光灯で1時間照らした場合と同じ時間の暗所での抗ウイルス効果。暗所でも4桁減少して99.99%が不活性化。照射した場合は7桁以上減少した
画像4。大腸菌を800ルクスで4時間まで照射。ウイルスほどではないが、4桁半、暗所でも2桁減少している
画像5。黄色ブドウ球菌を4時間まで照射。800ルクスで4桁強、暗所でも3桁強減少している
さらに、可視光下で高い抗菌・高ウイルス性能を示す銅系化合物酸化チタンほかの開発材料を適用した各種供試材を実際の日常空間に設置し、その効果の検証も行われた。
比較的人の出入りが多く、感染症のリスクが高いと思われる空港と病院を実環境として選び、気温・湿度等環境条件の季節変動を考慮するため年間を通した実証試験が行われた形だ。その結果、新可視光応答型光触媒は、実環境においても優れた抗菌・抗ウイルス効果を発揮し、ラボレベルでの結果を検証することに成功した。
なお銅系化合物酸化チタン材料については、助成事業先である昭和タイタニウムが量産技術を確立したことを明らかにしているほか、貴金属や希土類を使用せず、酸化チタンに銅系化合物または鉄系化合物を修飾した可視光応答型光触媒についても2013年内の量産化を目指した技術の確立を進めているとしている。そして銅系化合物酸化チタン材料を適用した製品化については、盛和工業が空気浄化システムの、積水樹脂技術研究所が内装材の、TOTOがタイルおよび塗料の、日本板硝子がガラスの、パナソニックがフィルム材の、太陽工業がテント材の検討を進めているとしている。
新物質・エネルギー創成研究者が期待する計算科学 — CMSI web
産官学をつなぐ̶CMSI産官学連携シンポジウム招待講演橋本 和仁 はしもと かずひと
東京大学大学院 工学系研究科/先端科学技術研究センター教授
わが国の基礎研究、特に理論や計算では、多くの優秀人材が、自分の役割は基礎研究だ、自分は応用研究には向いていない、応用研究は基礎研究に比べておもしろくない、などと考えているようです。しかし、それは違います。応用研究にも極めて独創性が必要です。
私自身、基礎化学の出身ですが、1990年頃に酸化チタンを菌や汚れの分解に使えるのではないかと思いつきました。これは単なる応用です。しかし、 幸運なことに、研究の過程で光を当てると表面が非常に親水化するというサイエンスとして新しい現象も見つかり、しかもそれは実用技術としても展開して、建築、農業から土木にいたるまで、現在も応用が広がり続けています。
異なる分野への研究展開は、実はそれほど難しくありません。基礎研究でオリジナリティの高いアイディアをもっている人は、応用研究でもオリジナリティの高いものが出せるようです。出口を見据えた応用研究には、異分野研究者やマーケットとの双方向の情報交換の場をつくることも大切です。 その意味で、CMSIの3つの拠点あるいは神戸のスパコン拠点を、継続的に企業の方が入ってこられるような場にすることが重要だと思います。
われわれ実験家も、高効率の有機太陽電池や可視光光触媒物質の探索において、バンド計算を使った物質設計を試みています。しかし、われわれの計算レベルでは、実際に合成してできたものとは全然合わないことが多い。そこで、何をやるかというと、運よく当たるまでどんどんつくるわけです。計算科学の専門家に期待するのは、そんなわれわれの直感を下支えしてくれることです。メカニズム解析も重要だけれども、本当に欲しいのは、どの方向に行ったら確率が上がるのかという作業仮説なのです。
機能部材、ナノ材料の応用研究の分野で、アカデミアへの期待はますます大きくなってきています。研究をもって社会に貢献するということをミッションの一つと捉えるのであれば、実験科学者や企業と組んで応用研究を進めていくことによって初めて、いわゆる学術も守っていける、そういう時代になってきているのだと思います。