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必見!智慧得(705)「水面を泳ぐ化学モーターを、生体から学んで開発/京都大学」

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京大ら、水面を泳ぐ化学モーターを開発。光や温度に応じて物質を運ぶ分子ロボット開発に期待 (発表資料)http://bit.ly/Pfdox2 pic.twitter.com/6qlsMFAw

 

水面を泳ぐ化学モーターを、生体から学んで開発−光や温度に応じて物質を運ぶ分子ロボットの開発に期待− — 京都大学


 本学とニューヨーク市立大学(CUNY)ハンター校の研究グループは、多孔性物質からの疎水性分子の放出を駆動力とすることで、水上を長時間、高速に”泳ぎ続ける”新しい化学モーターの開発に成功しました。

 北川進 物質−細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)副拠点長・教授、植村卓史 工学研究科准教授、松井宏 ニューヨーク市立大学ハンター校教授・iCeMS客員教授らの研究グループは、多孔性金属錯体(MOFもしくはPCP、以下MOFという)の細孔から疎水性ペプチド分子が放出されることでできる表面張力の勾配により、水上を高効率で運動する新しいモーター材料を開発しました。この研究では、非平衡状態を利用する生体(細胞、タンパク質など)の運動原理を参考にすることで、従来の人工材料に比べ単位体積あたりで30倍以上の速度、2倍以上の効率で運動エネルギーに変換できました。本成果を応用することで、省エネルギー・低環境負荷で駆動する新しい化学モーターの作成が可能になり、光や温度など外界の変化に敏感に応答して物質を輸送する材料や分子ロボットの開発につながるものと期待されます。

 本研究成果は、ロンドン時間10月28日午後6時(日本時間29日午前2時)に英科学誌「Nature Materials(ネイチャー・マテリアルズ)」オンライン速報版で公開されました。

背景

 私達の身の回りでは化学反応を利用して運動を生み出すことが頻繁に行われています。例えば、自動車などの熱機関では、ガソリンを爆発させて、そのときの熱発生による圧力変化でピストンが動きます。しかし、この手法では、化学反応を一旦熱エネルギーに変換して、更に機械的エネルギーに変換をしているため、その効率はあまり高くありません。これに対して、生物の運動では化学エネルギーを直接、機械的エネルギーに変換するために、その効率は極めて高いものとなっています。例えば、バクテリアでは、細胞内外のカリウムイオンの濃度差とpHの勾配から生じる電気化学的なエネルギーを直接機械的エネルギーに変換して、べん毛を回転運動させています。細胞膜にある化学センサーがその化学的な勾配を敏感に感じることで、べん毛の回転方向は切り替えられ、その結果バクテリアは栄養や温度が最適な環境に集まることができます。このように化学的な勾配(非平衡状態)をうまく利用することができれば、熱エネルギーへの変換を伴うことなく、効率よく機械的エネルギーを得ることが可能になるはずです。

研究内容と成果

 今回本研究グループは、生体運動のしくみを参考にし、化学的な勾配(非平衡状態)を生み出すことで水面を運動するモーター材料の開発を行いました。これにより、従来の人工材料では達成できなかった速度、持続性、高エネルギー効率を示す機械的運動を達成することができました。

 本研究では、金属イオンとそれをつなぐ有機物からなり、無数のナノサイズの細孔を有する多孔性金属錯体(MOF)に着目しました(図1)。このようなMOFは様々な分子をその細孔内に大量に吸着させることが可能です。本研究グループはMOFのナノ細孔に疎水性のペプチド分子を導入し、水面でその分子をゆっくりと放出させる実験を行いました。放出されたペプチドの集合性により、水面とMOFとの境界に疎水性の領域が急速に形成されることで、表面張力に不均一な状態が生じ、表面張力の低い疎水性の領域から表面張力の高い水面側にMOFは引っ張られます。連続的な分子放出によって常に表面張力の勾配を存在させることで、結果的に水上を長時間“泳ぎ続ける”現象が見られました。この系では、MOFに導入される分子の種類によって、運動の効率は大きく異なることが分かり、モーター研究における新しい駆動原理を打ち立てることができました。

図1:多孔性金属錯体(MOF)

 

 本研究グループはMOFに導入するゲスト分子として、ジフェニルアラニン(DPA)を用いました。DPAはアルツハイマー病の原因の一因と考えられている凝縮性の高いアミロイドたんぱく質中のペプチド分子で、分子間の化学結合により様々な集積状態を形成することが知られています。DPAを導入したMOFをエデト酸(EDTA)の水溶液に投入すると、EDTAのキレート作用によりMOF表面の分解が起こります。その結果、細孔内から徐々にDPAが放出し、疎水性のDPAが集積することによりその領域にて表面張力のバランスがくずれ、MOFが水上を動き続けるということが分かりました(図2、図3)。このように液体表面の表面張力に勾配ができることで、流体の流れが駆動される現象はマランゴニ対流と呼ばれ、この効果を用いたモーターの開発は過去にも多く研究されています。しかし、報告されている運動性能はあまり高くなく、その改善が必要でした。今回の研究では、モーターとして初めてMOFを用いることで、従来の有機ゲル材料を用いた系に比べ、単位体積あたりで30倍以上の速度、運動エネルギーは2倍以上の効率で運動をすることが分かりました。

 

 

 

図2:MOFの細孔からDPAが放出されることで駆動される動きのイメージ図


図3:EDTA水溶液面におけるDPA-MOF、MOF、DPAの運動速度変化
複合体を形成することで初めて運動することが分かる。

 この運動メカニズムの詳細を明らかにするために、水面でのMOFの運動途中にDPAを溶解する溶媒の添加実験を行いました。その結果、溶媒の添加直後にMOFの運動は静止したことから、確かにマランゴニ対流によりMOFが水上を運動していることが明らかになりました。また他のゲスト分子として、フェニルアラニンやフェノールを導入した場合、DPAの系ほど高い運動性を示さないことが明らかになりました。透過型電子顕微鏡(TEM)やBrewster角顕微鏡の測定により、運動後の水面の観察を行うと、DPAでは自己集合的な結晶状態を取っているのに対して、フェニルアラニンやフェノールではそのような構造を示さなかったことから、放出された分子がMOF上にて急激に自己集合することが高い運動性の鍵になっていることが分かりました。この系ではMOFに導入するDPA分子の量をコントロールすることが可能です。そこで、運動の燃料であるDPAの導入量が異なる複合体を用いて測定を行うと、DPAの量に比例して、運動の継続時間が延びることが分かりました。さらに、運動の効率を上げるデモンストレーションとして、テール部分に切れ込みの入ったプラスチック製のボートを作成し、そこにMOF-DPA複合体を積載しました。このようにして作成した”MOFボート”は、DPAの放出方向が一方向に制限されたことから、MOF-DPA単体に比べて運動速度および寿命が大幅に向上することが明らかになりました(図4)。

図4:MOFボートの設計イメージ図(左)と水面での0.5秒ごとの動き


 今回開発した化学モーター材料では、生体で見られるモーターの駆動原理を参考にすることで、多孔性物質からのゲスト分子の放出・集積化を効率よく運動エネルギーに変換できるということを明らかにしました。多孔性材料に関する全く新しい応用展開を示したことから、学術的に非常に大きな成果であると言えます。

今後の期待

 MOFとゲスト分子の組み合わせはほぼ無限にあり、目的に応じた組み合わせを選ぶことで、さまざまな応用が可能になります。光や温度の変化に応答して駆動するモーターや分子の輸送・運搬を思いのままにできる分子ロボットの開発に繋がると期待されます。もし人体内での運動が可能になるようにこの物質をプログラムすることができれば、MOFがターゲットのたんぱく質や細胞を認識してそこへ泳いでいき、そこの化学物質を多孔質のMOF内へ取り込み、後に分離できるようなスマートマテリアルへと発展させることも可能となります。

用語解説 多孔性物質

多数の微細な孔をもつ物質。吸着剤や触媒などに利用される。ガスや水などの選択性分離と反応などに広く用いられている。

エデト酸(エチレンジアミン四酢酸=EDTA)

無色の結晶性粉末で、水に溶ける。2ナトリウム塩などはほとんどの金属イオンとキレート化合物をつくるため、金属イオン分析・硬水軟化・医薬品・食品添加剤・洗浄剤などに用いられている。

マランゴニ対流

流体表面の表面張力が不均質になることが原因で流体の流れが駆動される対流のこと。表面張力の小さいほうから大きいほうに流体が引っ張られ、主に温度差、濃度差が原因となる。国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」でも無重力下でのマランゴニ対流の実験が行われた。

 

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