シェールガス革命、ロシアの憂鬱 日本向けに活路 :日本経済新聞
米国のシェールガス革命がロシアを追い詰めている。ロシアは世界一の天然ガス埋蔵量を誇るが、米国の天然ガス増産の影響で生産量が伸び悩み、世界シェアが低下している。特に最大の需要先である欧州の販売が振るわない。危機感を強めるロシアは欧州以外にも販路を広げつつあり、その最有力候補として日本に照準を合わせ始めた。
ロシアの天然ガス生産量の伸びが鈍化している。英BPの統計によると、2011年は前年比3.1%増の6070億立方メートル。伸び率は前年の11.6%から大幅に低下した。今年1〜9月は前年同期比で2〜3%のマイナスに転じたと見られている。一方の米国の昨年の生産量は前年比7.7%増の6513億立方メートルと6年連続のプラスだった。今年1〜8月でも前年同期比で5.8%増えている。
この結果、世界生産のロシアのシェアはじりじりと低下している。5年前の06年には20.7%と世界一だったが昨年は18.5%に縮小。一方の米国は06年の18.3%から昨年は20%に達し、3年連続世界一になった。
天然ガス黄金時代といわれる世界的な需要拡大のなか、ガス大国のロシアが生産を伸ばし切れないのはなぜか。
最大の要因は欧州の販売が伸び悩んでいる点だ。債務危機による景気低迷の足かせもあるが、米国のシェールガス革命の影響が大きい。米国は地下の頁岩(けつがん)層を水圧で破砕する新技術で天然ガスを増産し低価格化を実現。電力会社向けの販売を拡大し、売れなくなった石炭を欧州市場に安値で輸出している。欧州の電力会社は逆に石炭消費を大幅に増やし天然ガスを減らした。
米国向けに天然ガスの輸出拡大を見込んでいたカタールが、米国のシェールガス革命で売れなくなった分を日本と欧州に振り向けているという要因もある。日本は東日本大震災後の需要増大が吸収したが、欧州では需給緩和につながった。
欧州の買い手が割高なロシア産を敬遠し始めているという事情もある。ロシア産の天然ガスの値決め方式は石油製品価格連動による長期契約が主流だ。しかし、最近の原油高で価格が高騰したため、買い手の一部が北アフリカ産などの割安なスポット調達を増やしている。ロシア国営のガスプロムに対しては、需要家の値下げ要求や値決め方式の見直しを求める動きが相次いでいる。
こうした状況にロシアは危機感を強めている。世界の天然ガス埋蔵量の2割強を保有し、外貨獲得の有力な手段だけに手をこまぬいているわけにはいかない。欧州の買い手の値下げ要求には柔軟に応じて既存の需要を確保しつつ、新しい販路としてアジア、特に日本に食指を動かしている。
石油天然ガス・金属鉱物資源機構の本村真澄主席研究員は「ロシアは需要規模の大きい中国とパイプライン敷設で交渉しているが価格やルートで利害対立しがち。一方の日本はサハリンのプロジェクトの高い技術力や公正な契約慣行などで信頼されている」と話す。
実際、ロシアはここに来て対日アプローチを積極化している。9月初旬にはアジア太平洋経済協力会議(APEC)の機会を生かし、ロシアの太平洋沿岸に70億ドル規模の液化天然ガス(LNG)工場を建設することで日本と合意。10月下旬には、17年末までに東シベリアと極東のウラジオストクを結ぶ天然ガス輸送パイプラインを建設する計画を明らかにした。
ただ、日本はすでにLNGの調達分散で北米のシェールガスを重視し、権益獲得や輸入交渉を進めている。現地の価格を単純比較すると、7日時点の米国価格(ニューヨーク先物)は100万BTU(英国熱量単位)約3.58ドル。欧州価格(ロンドン先物)は7日時点で約10.46ドルと北米産よりかなり割高だ。
「日本が東シベリア産天然ガスを多く調達できるかどうかはウラジオストク経由の輸入価格が、北米産価格より安くなるかどうかが鍵」と本村主席研究員。エネルギーの輸入価格高騰に苦しむ日本にとって、ロシアからの秋波は、北米産とロシア産を天秤(てんびん)にかけて輸入価格引き下げを図るチャンスでもある。
(編集委員 浜部貴司)