ニセ硬貨阻む日本の奥義 微細な点と線、潜像も駆使 :日本経済新聞
日本が来年からバングラデシュの貨幣製造を始める。一般に流通する海外貨幣の受注は戦後初めてという。決め手の一つとなったのは、日本が培った高度な偽造防止技術だった。財務省と造幣局は今後も海外貨幣の製造を請け負いたいと意欲を燃やす。日本にとっても技術をさらに磨く好機となる。どんな技術なのか。
日本の技術に絶対の自信があるのだろう。「ここまで技術の詳細を公表している国は、世界でも日本くらいかもしれません」。独立行政法人・造幣局理事の竹原晃・貨幣部長は胸を張る。例えば500円硬貨。直径は2.65センチメートルで全重量は7グラム。金属の成分は銅が72%、亜鉛が20%、ニッケルが8%といった具合だ。それでも、偽造貨幣の発見例は111万枚に1枚。ユーロ硬貨の11分の1という。統計からも日本の硬貨は偽造の難しさが分かる。
韓国の貨幣が旧500円の代わりに悪用されて問題になった後、2000年から流通する新500円硬貨では、最先端の防止技術を幾重にも盛り込んでいる。
まず側面のギザギザが斜めになっている。500円硬貨を製造する際、金型で模様をプレスし、ねじりながら金型から取り出すと、ギザギザが斜めに入り込む。この作製法は日本のほか米国やカナダ、英国などでも特許を取得している。最新の偽造防止技術だ。
潜像という手法も特徴だ。「500」の「00」の中に「500円」という文字が浮かぶ。角度を変えると1本の縦棒になる。表面に当たった光と反射した光のわずかな明るさの差で像を描く。潜像を入れた貨幣は他国にもあるが、2種類を使う例はほとんど無い。「『500円』という文字がすり減って見にくくなっても縦棒で判別できるよう二重ロックをかけている」(竹原理事)。目をこらすと分かるが「00」の文字は少々盛り上がっている。この部分が堤防になり、潜像の部分がすり減りにくいように工夫している。
造幣局は潜像を盛り込むためにカッターや治具を独自開発した。最新装置の導入には数千万円はかかるという。竹原理事は「これだけでも500円の偽造は割に合わない」と紹介する。
縁のギザギザ模様や潜像は、レジの受け渡し時にも確認できる「目視レベル」の防止技術だ。目の前で不正がばれると思わせる。
一方、虫眼鏡がないと分からない「ルーペレベル」の技術もある。偽造貨幣が出てきた際、どの程度の技術力かを確かめるためだ。偽造が個人の興味か、背後に組織がいるのか。その後の対策の参考になる。
500円硬貨の葉っぱ模様の一部には、微細な点を幾つも打ち込む。「日本国」と「五百円」の文字の周りには微細な線が入る。10円硬貨の「平等院鳳凰堂」のように日本は精緻な模様を貨幣に入れる伝統がある。そこで培った技術が「微細点」や「微細線」に生きている。500円硬貨では「ほかにも極小の文字を紛れ込ませているのでは」との噂が絶えないが「コメントはしない」(造幣局)とけむに巻く。
自動販売機や券売機では、模様や材質を調べるセンサーが目を光らせて、釣り銭や商品などがだまし取られるのを防ぐ。だが、一連の偽造防止技術は偽物を見破るための目印にとどまらない。偽造対策の手の内を明かすのは、偽造コストが高くて割に合わないと諦めさせるためだ。偽造の意欲をそぎ、悪意を萎えさせる抑止効果だ。
そのため次世代技術の開発に造幣局は余念がない。より手の込んだ硬貨づくりを目指している。地方自治法施行60周年記念貨幣にはさっそく、採用されている。通常、1枚の硬貨は1枚のコインに模様を刻印して出来上がりだ。記念貨幣の場合は1枚作るのに中央に穴が開いたドーナツ型コイン1つと、穴に収まる小さなコイン3枚が必要。小さなコインの1枚は金属の成分が違う。この1枚を別の2枚で挟み、中央の穴にはめ込んでプレスする。大変な手間がかかる。
日本には、まだ公表していない偽造防止技術が山のようにあるに違いない。世界の注目を浴びて、さらに進歩を遂げるだろう。硬貨一枚一枚に貨幣の信用を守る最前線の気概が詰まっている。
(新井重徳)