ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日 ものがたりの驚異 前面に :日本経済新聞
ものがたりにひきこまれることのたのしさを、ぞんぶんに味わうことのできる映画である。
原作は、カナダの作家ヤン・マーテルが2001年に上梓(じょうし)し、42の言語に翻訳されたベストセラー。読むと、途方もないおもしろさとともに、これをどうやって映画化するのだろうという期待と疑問がふくらむ内容だが、それをすんなりと原作の流れに忠実に映画化してみせた。
大変な映像技術の進歩が凝集しているわけだが、「驚異の映像」ではなく「ものがたりの驚異」を前面に出しえているところに、この映画の勝利がある。
「グリーン・デスティニー」(00年)、「ブロークバック・マウンテン」(05年)のアン・リー(李安)監督のストーリーテラーとしての腕前がみごとだ。
“トラと漂流した227日”が、驚異の中心であることはもちろんだが、ものがたりのたのしみは、そこだけにあるのではない。
カナダ人の作家が、インドに小説をかきにいくが、題材になりそうな人物がカナダにいると教えられ、トロントのインド人に会って体験を取材する。そんな、ゆるゆるとした導入。そして、円周率のパイを名のるこの男の、自分にまつわるどうでもいいような、でもなんだか興味深いエピソードの数々によって、われわれは魅せられたように、ものがたりの世界にひきこまれていくのだ。
彼がなぜ「パイ」と名のるようになったか。動物園で育ち、ヒンドゥー、カトリック、イスラムの三つの宗教を矛盾なく信仰するようになったこと……。
この少年パイのキャラクターと、どこへ向いていくのか予期させないかたりくちがあってこそ、救命ボートでベンガルトラとともに漂流する冒険が信じられるものになる。
3D映像の迫力とともに知的な味のする冒険映画。2時間7分。
★★★★
(映画評論家 宇田川 幸洋)
『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』 - 予告編 (日本語字幕)