中国の大気汚染問題、解決阻む国有企業の既得権益 :日本経済新聞
北京周辺など中国で発生した大気汚染が福岡市はじめ日本にも影響を広げている。汚染の状況はかなり深刻で、中国では健康被害が出る恐れが高く、当局は外出を控えるよう呼びかけている。汚染の中でも今回、問題になっているのは「PM2.5」と呼ばれる微少粒子状物質であり、肺がんやぜんそくなど呼吸器系に害を及ぼすといわれる。
モータリゼーションの急進展も大気汚染の要因の一つ(北京市内)=共同
中国の大気汚染は1990年代半ば以降、深刻化しており、中国の新聞には全国の大気汚染情報が毎日、掲載されているほどだ。ただ、汚染の内容は大きく変化している。かつては最大の汚染源は石炭火力発電所で、窒素酸化物(NOx)や硫黄酸化物(SOx)が最も深刻な問題だった。酸性雨などの原因となるもので、中国各地の湖沼が酸性化し、魚など生物が激減した所も少なくなかった。
中国政府は90年代にはごく一部の火力発電所にしか装備されていなかった脱硫、脱硝設備を各発電所に設置するよう義務づけ、今では一定規模以上の発電所の大半には脱硫、脱硝装置を完備している。その結果、NOx、SOx対策については十分ではないにせよかなり前進がみられた。
代わって、この4、5年目立ってきたのがPM2.5であり、その発生源は自動車とりわけディーゼルトラック、バスといわれる。欧州や日本ではディーゼルエンジンが劇的に進化し、排ガスはきわめてクリーンになった。だが、古いエンジンをそのまま搭載したトラックが多数走り回り、ディーゼルエンジンの技術開発も進んでいない中国ではディーゼルエンジンが大気汚染の主要な原因になっている。
中国は高速道路の建設が進み、総延長が9万キロを突破する一方で、鉄道建設は近年、高速鉄道など旅客輸送中心に進められたため、国内物流はトラック輸送が急膨張している。様々な物資が運ばれるなかで、火力発電所向けの石炭輸送は大きな比重を占める。産炭地の山西省や内モンゴル自治区から北京、上海などに向け、本体と後ろに補助トレーラーをつけた20トン積みの大型トラックが長距離を走っている。
数年前には火力発電の需要ピークの夏場に山西省から北京まで石炭輸送のトラックを中心に100キロの長さで車が連なる大渋滞も起きた。石炭火力発電の脱硫、脱硝は進んでも、石炭輸送のトラックが大量のPM2.5を排出するために中国の大気汚染は収まるどころか、別の方向で深刻化している。
モータリゼーションの急進展ももちろん大気汚染の悪化につながっている。09年から連続4年、中国は世界最大の自動車市場になっており、昨年は乗用車、商用車の合計で1930万台の車が販売された。保有台数は1億2000万台に達している。急激に自動車が増加したことで、北京、上海など大都市はもちろん地方の省都クラスの都市はどこでも毎日朝夕には大渋滞が発生しており、それが排気ガスによる汚染を拡大している。
中国の物流ではトラック輸送が中心的な役割を担っている
とすれば、中国の大気汚染の解決にはまず、トラックのディーゼルエンジンの進化、古いエンジン搭載車の廃棄などが不可欠だ。しかし、主要なトラックメーカーには新規投資なしで利益を生む現状のトラックを改良するインセンティブがない。トラックメーカーには第一汽車、東風汽車など名門の国有企業が多く、政治力も強い。ディーゼルエンジンの排ガス規制を強化すれば、技術力の高い米欧日のメーカーを利するという警戒感があるため、なかなかディーゼルエンジンの改良が進まない。
一方、燃料にも問題がある。ディーゼル用の軽油では日本や欧州は規制を段階的に強化し、汚染物質がほとんどない段階までクリーンになっている。だが、中国では硫黄分などの規制が緩いままだ。国内の石油製品販売は中国石油天然気集団(CNPC)と中国石油化工集団(シノペック)の2社が握り、両社ともきわめて強力な政治力で燃料の環境規制強化をブロックしている。規制が高められれば、精製設備の改良、更新などで莫大なコストがかかるからだ。
中国の大気汚染の背景にはディーゼルエンジンと燃料のイノベーションという課題があるが、それを達成するには大手国有企業の既得権益を打破するという政治の問題がある。中国の大気汚染は一筋縄では解決できない。
(編集委員 後藤康浩)