当然に国防の拠点でもあります。
南鳥島と沖ノ鳥島で極秘裏に港湾工事が進められている。中国を意識した国家プロジェクトは総工費1000億円に上る。太平洋における国境紛争に終止符は打てるのか。
東京から約1950km離れた日本の東の果て。南鳥島は日本国土でありながら、亜熱帯性気候に属する常夏の島である。一辺2kmほどの正三角形に近い形をしており、さほど大きくはない。定住者はおらず海上自衛隊、国土交通省関東地方整備局、気象庁の職員が交代で滞在している。
尖閣諸島や竹島、北方領土と同じ国境離島として知られるが、南鳥島は国境紛争を抱えない「平和な島」である。
現在の交通手段は1200mの短い滑走路を備える簡素な空港を利用するしかない。使途はこの島での作業に従事する公務員や物資の輸送に限定される。定期航路もなく、一般人がレジャーや観光で訪れることはできない。
今この島に、続々と建設用資材が運び込まれている。島の南側の海上には、大型クレーンが現れ、浚渫(しゅんせつ)の真っ最中である。砂浜では測量が行われ、一角にコンクリートプラントが造られている。ミキサー車が慌ただしく動きながら、コンクリート部品を製造している。今、南鳥島で何が行われようとしているのか。
国土交通省関東地方整備局によれば、南側海岸に港湾施設を造っているという。計画されている岸壁の長さは160mで、水深8mまで掘り下げる予定だ。完成すれば、1万トン程度の船を停泊させることができる。工事費は250億円を見込む。2015年度内の完成を予定している。
南鳥島の工事のイメージ
南鳥島の南側の海岸に突き出すようにして桟橋を造る計画(下はイメージ図)。岸壁の長さは160mで、その周辺海域を8m浚渫する。これによって資源調査船の着岸が可能になる
南海岸沖の浚渫工事の様子(上)と測量をしているところ(下)
国境離島での港湾工事は、実は南鳥島だけではない。日本最南端の沖ノ鳥島でも着々と進められている。
沖ノ鳥島は満潮時、2つのわずかな広さの「島」を残して水没してしまう。島のすぐ外側は、海面下数千mまで落ち込んだ断崖となっているため、岸壁は特殊な構造が求められる。断崖の、テラス状になったわずかなスペースを利用し、桟橋のような海上港湾施設を造るのだという。
場所は島の北側で、規模は南鳥島とほぼ同じ。現在、海底の調査などを進めているが、台風が発生する海域に位置するため、工事期間は3月から6月までに限られる。
沖ノ鳥島の場合は、難工事が想定されるため、750億円と南鳥島に比べて予算規模は大きい。国土交通省関東地方整備局は「沖ノ鳥島の環境は過酷を極め、メンテナンスもままならないので、技術的に特殊な工夫を施している」と明かす。こちらは2016年度の完成を見込んでいる。
沖ノ鳥島の工事のイメージ沖ノ鳥島を俯瞰したところ。島の北側海域に岸壁ができる。長さは160mで、3年後の完成を目指す(下)
岸壁を造成するうえでの海上土質調査の施設(上)
港湾整備で資源開発本格化2つの島における港湾工事は、2007年に施行された海洋基本法の基本的施策の1つ「排他的経済水域(EEZ)等の開発等の推進」に基づく事業の一環だ。特に、南鳥島と沖ノ鳥島は「地理的条件、社会的状況等からEEZの保全と利用を促進することが必要」とし、「特定離島」に指定され、整備のための予算が計上された。
実は、絶海の孤島である南鳥島はそれ1つだけを基点とする真円のEEZを有し、面積は実に約43万k平方メートル。日本国土全体(38万k平方メートル)よりも広い。
南鳥島のEEZ内では、近年、大量のレアアース(希土類)が埋蔵する泥状の鉱床が見つかっている。また、マンガンの鉱床(マンガン団塊)の存在も専門家によって指摘されている。
これらの海洋資源の調査や開発、商業生産には専用の船の使用が不可欠だ。南鳥島の港湾が整備されれば、本格的に資源開発が進むと見られる。
現在、日本はレアアースの多くを中国からの輸入に依存している。中国側はレアアースの輸出禁止措置を「外交カード」として使ってきた。
ハイブリッド車のモーターに必要な「ジスプロシウム」や、LED(発光ダイオード)の蛍光体に使われる「テルビウム」などが、レアアースに含まれる。日本の産業界にとって、レアアースの確保は欠かせないものであり、南鳥島に港湾が完成し、商業生産に弾みがつけば、大きなメリットが得られることになる。
一方で、沖ノ鳥島の港湾工事の背景は、少し南鳥島とは事情が異なる。南鳥島とほぼ同規模のEEZを形成しており、資源も豊富にあると推定されるが、近年、中国が難癖をつけてきている。「沖ノ鳥島は島ではなく(EEZが認められない)岩ではないか」と主張し、尖閣問題と同様に、国境問題に発展させようという構えだ。
中国側の主張の法的根拠は、国連海洋法条約の121条3項による。そこに「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は排他的経済水域又は大陸棚を有しない」と定めているからだ。
中国の嫌がらせを警戒日本政府は、これまで気象調査や珊瑚の生育調査などを「経済活動」の根拠とし、沖ノ鳥島が「島」であるとしていたが、主張の弱さが否めない状況が続いていた。だから、日本政府は港湾工事を推し進めることで、「経済活動」の既成事実化を拡大させたい思惑がある。
国土交通省の担当者は、工事に携わる業者や工事の詳細を明らかにしていない。「中国サイドから嫌がらせを受ける可能性がある」というのがその理由だ。
静かに進む2つの孤島での、総額1000億円に上る国家プロジェクトが、日本の未来に与える影響は大きい。
日経ビジネス 2013年2月4日号14ページより