天声人語 2012年1月28日
東日本大震災のあと、数多くの言葉が紡がれてきた。印象深かったひとつが、詩人高良(こうら)留美子さんの一作だ。「その声はいまも」の冒頭を引く▼〈あの女(ひと)は ひとり/わたしに立ち向かってきた/南三陸町役場の 防災マイクから/その声はいまも響いている/わたしはあの女(ひと)を町ごと呑(の)みこんでしまったが/その声を消すことはできない〉。津波を擬人化した「わたし」。「あの女(ひと)」とは、最後まで避難を呼びかけた宮城県南三陸町の職員、遠藤未希さんのことだ▼その遠藤さんが、埼玉県の道徳の副読本に載るそうだ。県が独自に作り、この4月から公立の小中高校で使われる。その教材に「天使の声」と題して収録されるという▼あの日、被災地では、それぞれの使命を果たそうとした人たちが尊い命を落とした。警察官や消防署員、消防団員もいた。遠藤さんのいた防災対策庁舎では41人の町職員らが亡くなった。個々の気高さを示しつつ、やはり痛恨のできごとには違いない▼道徳にせよ報道にせよ、美談にとどまるなら死者は浮かばれまい。高良さんの詩は、ひとりの女性への静かな敬意に満ち、人間が自然への畏怖(いふ)を忘れてきたことへの悔悟が流れている。美談を超えていく言葉の勁(つよ)さがある▼こう結ばれる。〈わたしはあの女(ひと)の声を聞いている/その声のなかから/いのちが甦(よみがえ)るのを感じている/わたしはあの女(ひと)の身体を呑みこんでしまったが/いまもその声は わたしの底に響いている〉。鎮魂と新生の声が聞こえる。
落涙!…合掌