絹は昔から皮膚の再生促進や殺菌効果が伝えられていましたが、いよいよ血管の素材として開発されるようですね!
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TBS「夢の扉+」1月29日(日)#39「いのちを紡ぐ"絹の糸"」
ドリームメーカー/東京農工大学教授 工学博士 朝倉哲郎 さん
「人工血管」の限界に、医者ではない男が挑む。絹を知り尽くした”シルク
博士”、東京農工大教授、朝倉哲郎、62歳。
ガンに続いて日本人の死因第2位と3位を占める血管にまつわる病気。
高齢化社会を迎えて、その患者数はさらに増え続けると言われている。
その治療に欠かせないのが「人工血管」で、現在、化学繊維のものが主流
だ。しかしその技術は頭打ちで、「直径6mm以下の細い血管は、もはや
自分の血管を移植するしかない」と言われている。患者にとっては、自分
の血管を切り貼りするしかないため、肉体的にも精神的にも大きな負担と
なる。「絹で人工血管をつくれば今までにない細いものができるのでは?
」物質の構造分析の専門家として、長年カイコの研究に携わり、絹の性質
を知り尽くした朝倉が、そう思いついたのは10年以上前のこと。試作品
第一号で動物による実験が始まると、思いも寄らぬ好結果が出た。それは
、シルク製人工血管が、体内に縫合した後、シルクが消滅し、自分の血管
が復活する、『リモデリング』という現象だ。夢のような現象に活気づく
、朝倉の研究室。しかし、「実現化にはまだまだほど遠い」と釘を差す
共同研究開発者が・・・。実際にメスを持って血管病患者と向き合う、
東京大学病院の岡本宏之医師だ。医療現場に立つ医師として年長者の朝倉
に対しても歯に衣着せぬ発言で、喧々囂々やりあってきた。ひるむ訳に
いかない朝倉。それは心臓の血管を患いながら朝倉の研究を助ける、非常
勤研究員の山?静夫さん(68)という友人の存在が大きい。研究室に入る
前、毎朝のようにテニスのラリーをする仲間でもある山?さんもいつか
使えるような、そんな人工血管を開発すれば、世界中の多くの血管患者を
救えるに違いない。大きなハードルを前に、強い意志を持って開発に臨む
朝倉教授の挑戦を追う。
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新しい人工血管:移植後の強度、絹部分の血管への置き換わり、、、今後は長期での継続性、等問題もあるが相当な進展が出来て来ている。成功を祈ります。絹のパイプが体内で副作用無しに人体組織に置き換わって行くならば、尿管への応用も考えられるはず。今の手術はカテーテル手術となって来ており、このようなパイプが出来ると助かる患者が多いと思う。血管だけでなくいろいろな応用に繋がると思われます。期待です!
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絹で再生医療 素材を研究=東京農工大学 2009年03月31日 | 再生医療
手術用縫合糸など長年医療現場で使われてきた絹を、人工血管などの再生医療材料として利用する研究が、東京農工大(東京都小金井市)で進められている。医療材料として有用な遺伝子をさらに導入したカイコが吐き出す新素材の絹。朝倉哲郎・同大教授は「血管、角膜、皮膚、耳、骨、歯などの再生医療材料が安定かつ安価に得られる可能性がある」と、幅広い応用に期待している。 (引野肇)
【ラットに人工血管】
研究開発が一番進んでいるのが人工血管。絹で作った直径一・五ミリの細い人工血管を、ラットの大動脈に移植。通常細い人工血管として使われているフッ素樹脂製の人工血管と比較した。その結果、フッ素樹脂製はすぐに詰まったが、絹製では一年間、85%のラットの血管が詰まらず正常に働いた。現在、生物系特定産業技術研究支援センター(さいたま市)の助成を受け、さらにブタへの移植実験も進められている。
【角膜、骨、耳も】
一般に絹は高強度で生体になじみやすい。さらに絹をいったん溶かして再度、分解されやすい再生繊維にしたり、フィルムやスポンジ、不織布にすることで、多様な再生医療材料にすることができる。フィルムは、傷の治療や目の角膜再生の足場材として、再生繊維や不織布は人工血管や吸収性の縫合糸に、スポンジは骨や歯の足場材に使える。耳や骨の形をした絹のスポンジ上で軟骨細胞や骨芽細胞を培養し、移植することも検討されている。歯に埋め込めば虫歯の再生も夢ではない。
【二つのナゾ】
朝倉教授がこの研究を始めたきっかけは「絹は同じ断面積の鋼鉄より強い。カイコがつくるタンパク質がなぜこんなに強いのか」という疑問。そして「カイコ体内にある絹の水溶液が、どうして口から出た瞬間に強い糸になるのか」ということだった。
このナゾは八年前、最新の構造解析手法、核磁気共鳴分光法(NMR)を駆使してついに解明できた。二十年間追い続けたナゾが解明できた時、朝倉教授は「一週間ほど興奮して眠れなかった」と言う。
絹は基本的に、グリシンとアラニンという二つの単純なアミノ酸が交互につながっている。これらのアミノ酸が、カイコの体内では、分子内での水素結合と分子間での水素結合を交互に繰り返し、ゆるく巻かれた構造となって水に溶けている。カイコが絹を吐く直前に受ける「ずり」(粘性流体内の摩擦)と、カイコが頭を8の字に振ることで発生する「延伸」の二つの力が絹分子にかかることで、水素結合の部分が切断され、瞬間的にすべて分子間の水素結合に移行する。これで、絹分子同士が強く引きつけられた構造となり、強い絹糸になる。
【高機能絹へ】
高強度の絹を作る「仕組み」が解き明かされれば、遺伝子を操作したり、再生繊維やフィルムへの加工プロセスを工夫することで、絹糸をさらに丈夫にしたり、再生医療用として細胞との接着性を高めたり、生分解性を高めたりできる。
かつて、絹産業は日本の「お家芸」だった。バイオの力を借りて、再び新しい絹産業を興すことも夢ではない。朝倉教授は「社会の高齢化が進む中、絹の優れた特徴を背景に、それをさらに改変することで再生医療材料の基幹産業として創生することを目指す」と意気込む。
絹は鋼鉄より強いが、クモの糸はさらに絹の三倍も強く、クモの糸も有力な再生医療材料。カイコはかつて「おカイコさま」と尊ばれた。朝倉教授の夢が実現すれば、「おカイコさま」や「おクモさま」など、カイコやクモが世界中から感謝される日がくるかもしれない。
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シルクロードが象徴するように、人類の文明と長く深くかかわりのある絹(シルク)。東京農工大学科学博物館の朝倉哲郎館長(教授)、学芸員の中澤靖元助教らは、そのシルクを再生医療材料に応用する研究開発に取り組んでいる。医療に使うバイオ材料には厳しい条件が求められるが、シルクは生体適合性が優れているという。
今年で横浜開港150 年。1859 年当時、横浜港から海外に輸出されたのがお茶と生糸だった。特に生糸は昭和初期のころまで、わが国最大の輸出品として日本経済を支えた商品であった。養蚕農家は200 万戸を超え、製糸工場も全国に置かれた巨大産業だった。
しかし、ナイロンなどの化学合成繊維の登場により、生糸および絹織物産業は次第に衰退していく。それでも、戦後も、生糸はそこそこの産業であり続けたが、いまや見る影もない。1975年に10 万トンあった繭生産量は、2006 年にはわずか500 トン。現在日本国内にある製糸工場は、機械製糸工場が群馬県の碓氷製糸農業協同組合と山形県の松岡株式会社のわずか2 社、そのほか、国用製糸場*1と呼ばれる小規模工場として長野県岡谷市の宮坂製糸所と下諏訪の山正松沢製糸所にあるだけだ。
◆ 再生医療材料にシルクをかつての隆盛とはいかないまでも、生糸あるいは絹(シルク)を新たな形で人類文化に不可欠な商品に育てあげることはできないか。こんな夢を抱いて基礎研究を進めているのが、東京農工大学科学博物館の朝倉哲郎館長(同大学工学部生命工学科教授)(写真1)や学芸員の中澤靖元助教(写真2)たちだ。ターゲットは再生医療材料としての応用である。
「外科手術の縫合糸として、絹糸は長く使われているんですよ」と中澤助教。縫合糸としては化学繊維やステンレスワイヤなどもあるが、シルク縫合糸は天然繊維の代表として、長く広く用いられてきた。ヒトの体に使用しても安全で、しかも強度があるためである。
いわゆる医療用バイオマテリアルについては、必要な条件(どんな機能や強度が必要か、生体適合性はどうか、製品の品質管理が容易か、殺菌消毒などができるか、製造コストは低いか)が細かく議論検討されている。シルク(正確には家蚕絹フィブロイン(写真3))は、これらの条件の多くを満たしている、と中澤助教らは評価する。特に注目すべきは、生体適合性が優れている点である。材料の側から生体への影響、生体の側から材料への影響が、共に少ないのである。
この特徴を活かして、研究グループはすでにさまざまな応用へのトライアルを始めているのだが、それらを紹介する前に、少しだけ、シルクの基礎知識について触れておこう。
◆ 科学が明らかにするシルクの秘密蚕(かいこ)とは、ガの仲間であるカイコガの幼虫のこと。蚕は、蛹(さなぎ)に変態する直前に、細い繊維を吐き出して繭(自らを包み込むカプセル)を作る。この繭から繊維をほぐし取り、5 〜10本の繊維を束ねて作った糸が生糸である。
「糸」という漢字(象形文字)も、一説では、下に並んでいる部分が繭であり、上の部分が繊維を寄り合わせる様子を表現しているという。別の説では、旧字体である「絲」は、できた生糸をよった形を示しているという(現代でも生糸原糸はこの形をしている)。いずれにせよ、漢字が成立した紀元前1000 年ごろには、すでに生糸は存在していたわけだから歴史は長い。
人間の手で飼われている蚕は家蚕(かさん)と呼ばれるが、これ以外にも、自然に生息する野蚕(やさん)が幾つもあり、そこから作られる生糸もある(写真4)。
蚕の吐き出す繊維の断面を見ると、フィブロインというタンパク質繊維の周りを、セリシンという水溶性のタンパク質が保護した形になっている。生糸を作るときに繭を熱湯で処理するが、これによって周囲のセリシンが溶け出し、一部セリシンが残るものの、基本的にはフィブロイン繊維が5 〜10 本よじられた糸が生糸というわけである。
朝倉教授・中澤助教らのグループやほかのグループの研究によって、家蚕絹フィブロインのアミノ酸一次構造および立体構造がすでに明らかにされている。また、朝倉教授・中澤助教らの固体NMR測定によって、絹フィブロインに特徴的な三次元分子構造も明らかになった。さらに、実際に蚕が繊維を吐き出す仕組みについても、蚕の解剖学的な解析(1,000枚の連続切片)およびその三次元画像再構築によって、詳細に明らかになっている。
これらの基礎研究に立って、朝倉教授・中澤助教らのグループは、絹糸の改良にも取り組んできた。具体的には、家蚕と野蚕の強い配列同士をつなぎ合わせたトランスジェニック蚕を作るのである。あるいは弾性に富む遺伝子配列をクモの牽(けん)引糸から持ってきて蚕遺伝子に取り込むような試みも進めてきた。その結果、強くて弾性に富む新しい絹糸はもちろんのこと、例えば細胞接着性に優れているといった反応機能の改良も実現させた。具体例を挙げると、タンパク質のフィブロネクチンやインテグリンを組み込んだ絹フィルムで細胞を培養すると、接着活性が6 倍になることが確認されている。
◆ 絹のフィルム、スポンジ、チューブ「絹繊維というのは過去の技術の蓄積や経験が膨大にあるので(器械の一部は、東京農工大学科学博物館に動態展示されている)、さまざまな形状のものを作ることが可能なのです」と中澤助教は言う(写真5)。複数本をより合わせた糸、平面状に薄くのばしたフィルムだけではない。エレクトロスピニング法という方法を使うとナノファイバーの不織布ができる。凍結乾燥すれば、スポンジ状の塊を作ることができるし、組みひもを編むような器械を使えば、チューブ状(管状)の構造を作ることができる。
実は、こうした構造は、1 つ1 つ、具体的な生体材料としての応用に結び付いており、それぞれ、ほかの大学や研究所との共同研究が進められているのだ。フィルムの形での応用ターゲットは、角膜移植の代替だ。再生基盤材料が実現すれば、そこに患者自身の内皮細胞を培養再構築し、それらを移植する治療法(培養細胞シート移植)が夢ではなくなる。
絹フィブロインのスポンジは、軟骨再生の足場材料としての期待がかかる。骨細胞を取り出してスポンジの空間部分で培養し、それを欠損部に移植すると、ウサギ大腿(だいたい)骨での実験だが、きちんと再生が起こることが分かっている。これらは日本大学松戸歯学部の西山典宏教授らとの共同研究だ。
絹不織布は、足場材料としてだけでなく、薬剤保持層としての応用も期待できる。不織布部分に薬剤を保持させておけば、徐放(ドラッグデリバリーの1 つ)が可能になる。また、血管狭窄(きょうさく)の治療法として、ステント(金属製の網状のチューブ)を患部で開く治療法が行われており、ステント表面には薬剤を塗布して再狭窄を防ぐ処理がなされているが、この薬剤保持層として、絹不織布は期待がかかる。
◆ 小口径人工血管としての期待絹フィブロインの応用で特に注目したいのが、小口径の人工血管だ。現在のところ、管径10 ミリ以上の大口径人工血管は、ポリエステル繊維によるものが実用化されていて、腹部大動脈の置換などに使われている。また管径4 〜10 ミリの中口径は、ePTFE(延伸多孔質ポリ四フッ化エチレン)のものが使われている。
ところが、管径4 ミリ以下の小口径人工血管には優れたものがないのが現状なのだ。つまり、人工血管に置き換えても、比較的短期間で再び血栓を起こすケースが多い。そこで主として、患者自身の静脈や動脈を移植する方法がとられている。
4 ミリ以下の小口径動脈の代表は、心臓の栄養補給を担っている冠状動脈だ。ここの障害は心筋梗塞(こうそく)を起こす。また、糖尿病でひざ下の末梢(まっしょう)細動脈に血栓が起こって壊死(えし)すると、脚を切断しなければならなくなる。つまり、小口径人工血管の開発は、緊急を要する開発課題といってよい。
理想的な人工血管に要求される条件は、生体との親和性、抗血栓性、低漏血性、分解性、強度・柔軟性など多岐にわたる。こうした中で、東京農工大学科学博物館の朝倉哲郎館長や中澤靖元助教らが、絹フィブロインを利用することで、課題をすべて解決すべく、現在、徳島大学大学院の佐田政隆教授(循環器内科)や順天堂大学医学部の代田浩之教授(循環器内科)のグループと精力的に共同研究を進めているというわけなのだ。
ラットの動物実験であるが、すでに、管径1.5ミリの人工血管(写真6)を腹部大動脈に置換移植した場合、12 週後、比較対照として移植したPTFE 人工血管では血栓生成による虚血が顕著に生じたのに対して、絹フィブロイン人工血管の開存率は85%以上という好成績を収めている。「興味深いことに、絹フィブロイン人工血管では、内部に血管内皮細胞が生着する上、血管組織が再形成している様子も見られています」と中澤助教。
ヒトへの応用はまだである。免疫反応などの問題も考えられ、新たな解決課題も登場するかもしれない。しかし、外科手術用縫合糸として絹フィブロインが使われてきた長い歴史を見れば、実現は決して夢物語ではない。筋のよい材料だからだ。
◆ シルクの新たなる道を絹(シルク)は数千年にわたって人類文明史の中で重要な役割を演じてきた。シルクロードは東西文明の交流路であり、そこに「シルク」の名が冠されていることは、絹がいかに価値ある商品であったかを端的に物語っている。
かつての日本は、高い文化文明が流れ着くシルクロードの終着駅であった。しかし今日、その日本から全世界に向けて、創造的で優れた工業製品だけでなく、文化文明までもが逆流を始めた。その1 つにシルクの新たなる応用製品が加わっても、何の不思議もないであろう。