スマホが拓く世界市場 和製「LINE」ヒットの裏側 :日本経済新聞
2011年にパソコンの出荷台数を超えたスマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)やタブレット端末の全世界的な普及が、これまで考えられなかったようなチャンスをネット企業にもたらしている。なかなか世界に出られず、日本にこもっていた「和製」ブランドもしかり。主戦場をスマホやタブレット端末に移すことで、一気に世界ブランドになれる可能性が出てきた。
ベッキー CM LINE スマホ アプリ 「笑う」「泣く」 Becky 2篇
ベッキーさんが出演する無料通話アプリ「LINE」のテレビCM
今年1月27日、スマホ向けの無料通話・チャットアプリ「LINE」のダウンロード数が1500万を突破した。ただ、あまりにあっという間の出来事で、そのすごさが今ひとつ世間に伝わっていないかもしれない。中には「(タレントの)ベッキーがCMに出てるアプリ」という程度の認識の人もいるだろう。だが、事実としてLINEはあらゆる金字塔を打ち立てている。
スマホのユーザー同士なら携帯電話のように無料通話ができるほか、メールやチャットも楽しめるLINE。昨年6月のサービス開始から6カ月で1000万人を突破し、その後わずか1カ月で500万人も増やした。国内の交流サイト(SNS)や携帯電話向けゲームサイトが1000万人達成に要した期間はGREEが61カ月、mixiが39カ月、mobage(モバゲー)が26カ月。海外SNSではフェイスブックが28カ月、ツイッターが26カ月かかっている。
LINEの累計ダウンロード数の推移。1月末時点で過半数の約850万人が海外ユーザー
LINEの実績はスマホがいかに強い波及力を備えるかを如実に物語る。1月25日に発生したNTTドコモの大規模通信障害で、ドコモが原因として音声通話ソフトの「VoIP」の普及を挙げたことから、「LINEが原因じゃないか」と噂されたほど存在感は大きい。今や「スカイプ」に勝るとも劣らないVoIPの代名詞となった。
何より驚かされるのが海外での普及。1500万人のうち過半数の57%、850万人超が海外ユーザーだ。アジア各国・地域はじめ、中東、アフリカ、南アメリカなど世界中に広がっている。最近では、スイス、ドイツ、オーストリアのアプリランキングでも上位に浮上、欧州での普及も目覚ましい。しかも、サービスを月に1回利用する「アクティブユーザー」の比率は約90%。そんな和製サービスは初めてだ。
■「スマホでは楽に国境を越えられる」
「パソコン向けのサイトは、なかなか海外からユーザーが来てくれない。でも、スマホでは楽に国境を越えられる」――。
LINEを開発したNHN Japan(東京・品川)でLINE事業を統括する執行役員の舛田淳は、今となってはそう語る。だが、「当初は驚きの連続だった」とも打ち明ける。当初目標は11年内に100万人。それが「蓋を開けたら10倍。しかも突然、アラビア語で問い合わせのメールが来たりして、かなり焦りました」
もともとLINEは、NHN Japan傘下のネイバージャパンで企画・開発されたサービス。NHN、ネイバーは今年1月に事業統合したため、現在の運営企業はNHNとなる。ともに韓国ネット企業の日本法人。そのため、LINEは「韓国産」と勘違いされることもあるというが、日本で企画され、日本で作られた「純国産」である。「韓国本社が“逆輸入”を決めた時は『よしっ』と思った」。舛田はそう笑う。
このLINE、「何か新しいSNSができないか」という素朴なエンジニアの欲求が起点だった。
NHN JapanでLINE事業を統括する舛田淳執行役員
「もっとパーソナルで細かいグループ性をもったコミュニケーションツールが必要なんじゃないか」。11年の年明け、ネイバージャパンの社内では、人間関係を分析していたチームのレポートを基に、そんな議論がなされていた。そこへ3月11日の東日本大震災。身近な人とのコミュニケーション手段の重要性に焦点が当たり、「やるべきだ」と結論付けた。
ネイバージャパンは外資系といっても独自性が保たれている。韓国本社のサービスと整合性がなくてもよい。独断でプロジェクトが走り、社内からは各部署のエース級のエンジニアなど10人ほどがかき集められた。注目したのはスマホの普及速度。家族や高校時代の同級生など、親しい少人数のグループでチャットが楽しめる「スマホ向けのコミュニケーションツール」というコンセプトが固まり、4月末に開発を本格化させた。
■初心者に照準、スマホブームの波に乗る
国内のスマホの普及速度を見ると、スマホブームの大きな山が11年後半に訪れることは自明だった。その機をつかむには6月中にリリースしておく必要がある。残された開発期間はわずか1カ月半。舛田いわく「戦場のような」日々を経て、LINEは無事、リリースされた。
「フィーチャーフォン(従来の携帯電話)のメールに慣れている人や、お父さんに通話料で怒られちゃう若い女性でも、スマホに乗り換えた時にすっと入っていけるような、分かりやすい機能やシンプルな操作性を心がけた」。舛田はそう話す。
「友達リスト」は登録時に自動追加されるほか、あとから任意でも追加可能。どちらかの電話帳にしか番号が登録されていない場合などは、「知り合いかも?」と表示される
例を挙げると、煩わしい登録作業を省くため、電話番号を「ID」代わりとした。友達登録もスマホの電話帳を参照し、ユーザー登録済みの電話番号があれば友達リストに自動追加するようにした。
こうしてスマホ初心者への壁を徹底的に取り払うことで、LINEは9月中に100万人を達成する。じつはこの時点で無料通話機能は実装されていない。音声データを遅延なくやり取りするには高い技術力を要する。1カ月半はあまりに短い。まずは誰でも簡単に身近な人とのコミュニケーションが楽しめるアプリを出し、その上で「無料通話」という分かりやすい機能を後から追加する。この戦略が当たった。
■「ベッキーCM」広告代理店任せにせず
スマホを手にしたばかりの初心者向けに間口を広く取り、テキストでのコミュニケーションに慣れてもらう。10月に追加した無料通話機能は、これらユーザーが友達や家族に「LINEを使おうよ」と招待する、いいきっかけを与えた。ユーザー数は加速度的に伸び、10月中旬には300万人に。11月中旬からのテレビCMが、ユーザー増にさらなる拍車をかけた。
「何でうまくいかないんだろう……。ごめんね、長く話しちゃって……」。ベッキーが泣きながら話すCMが昨秋から大量投下された。舛田は「通常、ネイバーはテレビCMなどのマスプロモーションはしない。でも踏み切ったのはスマホ移行が大きく進む11年の年末商戦期こそ最大のチャンスだと思ったから」と振り返る。
キャスティング、ストーリー、メッセージ。CM要素のほぼすべてを、広告代理店の博報堂任せにはせず、ネイバー側で決めた。ロゴの位置を1ピクセル単位で指定するなど編集作業にも細かく口を出した。インパクト大のCMはもくろみ通り、大量の新規ユーザーをもたらす。ただし、ここまでは国内の話。1500万人の半分以上は、ベッキーが届かない海の向こうにいる。
■中東に加え、シンガポールを起点に東アジアで浸透
メニュー表示などの言語は日本語、英語、韓国語から選択でき、テキストメッセージの言語はユーザーが選択できる。だが舛田が「当初は海外ユーザーはイメージしていなかった」と話すように、目標の数字も国内のみの設定だった。ところが昨年8月、異変が起こる。サウジアラビア、カタール、クウェートといった中東各国で、LINEがいきなりはやりだしたのだ。
中東各国のアップストアで無料アプリの1位になるなど一気にユーザーが増えた背景を、舛田は「中東はもともとコミュニケーションアプリのニーズが高く、新しいアプリが出ると必ず試す習慣があるようだ」と話す。サポートにアラビア語のメールが舞い込み、「何だこれ、読めないよ」と混乱しているうちに、香港や台湾など東アジアのランキングでも目立ち始めた。きっかけはシンガポールでのランキング浮上。「華僑のネットワークが東アジアにLINEを広めたのではないか」と舛田は推測する。
さらに10月に追加した無料通話機能が海外での普及にはずみをつけた。だが、すでにスマホ向けの無料通話アプリでは老舗のスカイプはじめ、米国の「Viber」などいくつかでそろっていた。なぜ最後発のLINEがここまで、世界的にヒットしたのか。舛田は2つの要因を見立てる。
LINEの無料通話時の画面。LINEのアプリを起動していなくても、携帯電話のように着信を受けられる
■スマホの流儀でシンプルに、人気の「スタンプ機能」
1つ目は「スマホならではのニーズに応え、シンプルさを追求した」こと。例えばパソコン向けから始まったスカイプは、スマホアプリでもパソコンの流儀を踏襲しており、相手がログインしていなければ「発信」できない。だがLINEは、相手と友達関係であれば、相手がLINEを起動していなくとも発信でき、相手も「プッシュ通知」により着信できる。スカイプのように「まずLINEを立ち上げて……」などとわざわざ連絡する必要はない。
大きめのイラスト1つをタッチするだけの簡潔なコミュニケーション、「スタンプ機能」の存在も大きい。LINEではテキストと組み合わせる「絵文字」とは別に、自分の感情を端的に表現できるような大きめのイラストが充実している。それ単体だけでコミュニケーションを交わせるという分かりやすさや気楽さが、ユーザーの心をつかんだ。絶賛する海外メディアもあるほどだ。
(その2へ、つづく)