(ニッポンの企業力)ハイブリッドに死角 車もガラパゴス化の懸念 :日本経済新聞
エコカー補助金の復活も追い風に販売好調なハイブリッド車(HV)。1月は国内新車販売に占める比率が2割を超えた。だが、ハイブリッド車は世界で本当に売れている技術なのか。
独VWはエンジンを小型化し、ハイブリッド車並みの燃費を実現した(東京・六本木)
米中で低い存在感
約1800万台と世界最大の自動車市場、中国では昨年1年のハイブリッド車の販売台数は約3千台にとどまった。2番目に大きい米国でも約30万台と全体の2%程度だ。
みずほコーポレート銀行は2020年に中国市場の3分の1がエコカーになると予測する。だが、最も普及する技術はハイブリッド車でも電気自動車(EV)でもない。ガソリンエンジンの小型化で燃費を改善する「ダウンサイジング」と呼ばれる簡素な技術が主役になるという。
「TSI入ってるよ」。中国のある自動車メーカー幹部はボンネットを開け、エンジンなどを見せてくれた。TSIとはドイツのフォルクスワーゲン(VW)が開発したダウンサイジング技術。数年前から外部販売を始め、中国メーカーにも急速に広がっている。
背景にあるのは環境規制の強化だ。中国で15年に導入される燃費規制では従来より2割以上の燃費向上が求められる。当初、中国では日本のハイブリッド車技術の導入も検討された。だが、仕組みが複雑すぎるうえ、技術流出を恐れる日本勢も慎重になり、結局は立ち消えとなった。
そこに売り込みをかけたのがVW。従来のエンジンを小型化し、ターボチャージャーという馬力を増す装置を組み合わせてハイブリッド車並みの走りと燃費が実現できる仕組み。コストも格段に安くてすむ。
15年は日米欧でも燃費規制が強化され、技術が世界で一変する年だ。日本のメーカーは得意の環境技術を世界に広める好機と考えてきたが、風向きは少し変わる気配だ。欧州ではBMWやフィアット、米国ではゼネラル・モーターズなどもダウンサイジング技術にカジを切りつつあるという。
技術で先行しながら市場は奪われる。そんな苦い経験を日本企業は携帯電話で味わった。だが、やり方を誤れば今度は「最後の砦」となった自動車でもガラパゴス化の懸念はある。問われるのはデファクト(事実上の標準)をどう握るか。
「ライバルはトヨタ自動車ではない。VWだ」。そう話すのは現代自動車の会長、鄭夢九(73)だ。鄭はここ数年、トヨタと別の道を目指している。例えば研究開発は売上高の2%強とトヨタやホンダ(4〜6%)の半分にとどめ、資金はむしろ工場の自動化投資やマーケティング、デザインなどに振り向ける。
鄭は「市場が急拡大する今は人材や先端技術をゆったり育てている場合ではない。成長市場でとにかく量を売る時」と考える。
日本を代表するトヨタの乗用車「カムリ」。昨年は前年比で6%販売が減り、逆に現代の「ソナタ」は15%増えた。新興国での販売台数比率はトヨタが37%、現代は52%。成長市場でデファクトを握るとの意志が徹底している。
東大・ものづくり経営研究センター特任准教授の朴英元(41)は「日本はR&D(研究・開発)、韓国はR&BDに力を入れている」と話す。BDとはビジネス・デベロップメント。日本は長期での技術的進歩を求め、韓国はビジネスでの成功を現実的に追う。
現代の半分の利益
円高も響き日本勢の稼ぐ力は見劣りする。11年度でみると日本勢首位の日産自動車ですら、予想純利益は2900億円と現代の半分。市場の中心が新興国に変わり、低価格車の大量生産を競う時代に移行。世界の市場変化に敏感に反応するはずの「カンバン方式」も壁にぶつかった。
トヨタは新興国市場向けの低価格車「エティオス」の生産をインドで始めた。韓国勢がライバルの日本車に照準を合わせて繰り返してきた「リバースエンジニアリング」と呼ばれる開発手法を日本車で初めて取り入れたという。
ライバルの技術や品質を研究し、自社製品に取り込む手法で、トヨタが目標にしたのは現代、タタ自動車以上の低価格と品質だ。先端技術だけでは勝てない時代を迎え、日本勢の車づくりも根本から再構築を迫られている。
ハイブリッド車並みの低燃費、「第3のエコカー」が快走 :日本経済新聞
ハイブリッド車、電気自動車に続く「第3のエコカー」として、低燃費のガソリン車が躍進している。発売後1カ月で早くもメーカーの予想を大幅に上回る受注を獲得するなど、消費者の関心も高い。30km/l(リットル)といった低燃費を実現しながら、価格を抑えたのが人気の秘密だ。両立が難しいこれらの課題をどう実現したのか、ダイハツ工業とマツダの手法を解説する。
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「低燃費と低価格を両立できなければ軽自動車は生き残れない」(ダイハツ工業技術本部エグゼクティブチーフエンジニアの上田亨氏)。軽自動車最大手のダイハツがこうした危機感を抱き始めたのは2009年。ホンダが200万円を切るハイブリッド車(HV)「インサイト」を発売し、トヨタ自動車もHVの3代目「プリウス」で世界最高水準の38km/l(10・15モード)まで燃費性能を高めてきた時期だ。
プリウスは今や年間の車種別販売台数で国内首位に立つ。「エコカー=HV」という認識が広まったのと同時に販売力も身に付けている。さらに、エコカーとして急速に存在感を増してきたのが電気自動車(EV)だ。東日本大震災以後は住宅の非常用電源としても注目を集めており、価値が高まっている。
■会社の命運かけたダイハツ
低燃費で低価格のクルマとして優位性を保ってきた軽自動車の競争力を取り戻すべく、ダイハツが2011年9月に発売したのが「ミラ イース」だ。燃費性能は32km/l(同)、価格は79万5000円から。発売後1カ月で計画比約6倍の約4万台を受注し、好調な滑り出しを見せている。
ダイハツ工業が2011年9月に発売した「ミラ イース」(左)。エネルギー損失の低減と燃焼効率の向上を追求した新型エンジン(右)を搭載する
ミラ イースに先駆けてマツダが2011年6月に発売した「デミオ 13-スカイアクティブ」も30km/l(同)の低燃費を実現し、発売後1カ月の受注状況は13-スカイアクティブを含むデミオ全体で計画比2倍以上の1万3500台に達した。
マツダの「デミオ 13-スカイアクティブ」(左)は2011年6月発売。「スカイアクティブ エンジン」(右)を初めて搭載した。発売後1カ月でデミオが受注した1万3500台のうち、スカイアクティブ搭載車は70%を占める
ミラ イースとデミオ 13-スカイアクティブはどちらもハイブリッド車に迫る燃費性能を実現
ダイハツは、ミラ イースの開発に当たり、100万円を切る価格、30km/l(JC08モード)の燃費性能の2つを目標に掲げた。「ダイハツとして生き残りをかけた、全社的に1番重要なプロジェクトに位置付けた」(上田氏)という新車開発が始まったのは2010年春。発売は2011年秋という目標も決まった。通常3〜4年かけるところをほぼ半分の期間で開発するために組織改編も断行している。
ダイハツはエンジン改良などを積み上げて燃費を40%改善
燃費向上の柱は、エンジンやCVT(無段変速機)から成るパワートレーン、車両、エネルギー管理の3つである。
最も燃費向上に寄与しているのが、エンジンの改良だ。現行のエンジンは燃料が持つエネルギーの30%程度しか使えていない。熱などとして捨てている残り70%をいかに利用するかがポイントになる。
給排気の際のエネルギー損失を減らすために改良したのが、排ガスを再循環させる技術である。従来は燃焼室内の燃焼状態に関係なく一定量の排ガスを戻していた。これではエネルギー損失が大きかったことから、燃焼状態を検出して排ガスの循環量を最適化する仕組みを開発した。燃焼効率を良くするために、燃料を微粒子化して噴射するようにインジェクター(燃料噴射装置)の改良もしている。
車両側では、軽量化を追求した。従来のミラと比べると約60kgも軽い。車体が重くなる要因の一つに部材同士の接合部に使う補強材がある。構成部品を一つひとつ見直し、できる限り接ぎ目が無くなるように構造を変更した。
ミラ イースは時速7km以下になるとエンジンを停止する
停車時にエンジンを自動的に切るアイドリングストップ機能の進化による燃費改善効果も大きい。一般的なアイドリングストップはクルマが完全に止まるとエンジンを切る。ダイハツが採用した方式は、走っている状態でもエンジンを切る。減速する過程で時速7km以下になるとエンジンを切る仕組みだ。エンジンの停止時間が長くなるので燃費が改善する。
ダイハツはミラ イースを「第3のエコカー」と呼ぶ。HV、EVに続く3番目の新たなエコカーであることに加えて、誰でも乗れる低価格であることを意味するという。
コスト削減のため、主要50品目の部品について、部材の配置・形状・材料を徹底的に見直した。電子部品同士を接続するワイヤハーネス(銅線)は、長さが最も短くなるように工夫している。従来はアイドリングストップとCVTの制御用コンピューターを別々に配置していたのを1カ所に集めるなどして経路を短縮した。
部品の種類も減らした。ワイヤハーネスは従来と比べて種類が86%も少ない。売れ筋などを見ながら企画部門と協議し、クルマのグレード、色、オプションを削減。約800通りあった組み合わせを約90通りまで絞り込んだ。
それぞれの部品の仕入れ価格を低減するために調達先も変えている。輸送費がコスト増の要因になっている点に目を付けて、ミラ イースの工場がある九州地区の部品メーカーから仕入れる品目を拡大。九州地区からの調達比率は金額ベースで従来と比べて3ポイント上がった。
■高効率エンジンで新興国攻める
マツダは、2020年の時点でもエンジンがパワートレーンの主要部分を占めると見て技術開発を進める。現在、世界で130万台弱の販売台数を2015年度に170万台に引き上げるのが目標。鍵を握るのが新興国での販売拡大だ。
HVやEVに使うモーターや蓄電池はまだ高価なため、エンジンの改良で燃費を向上させる方が優位だと判断した。
デミオ 13-スカイアクティブのエンジンは圧縮比の向上とノッキングの抑制を両立させた点が特徴だ。一般に、燃料と空気を混ぜた混合気を燃焼室に押し込む際の圧縮比は大きいほど燃費が良くなる。ただし、燃費の低下につながるノッキングが起こりやすくなる。ピストンの形状を工夫して燃焼期間を短縮するなどの手を打った。
日本政府は、省エネ法に基づいて自動車の燃費規制を強化する。2020年度までに2009年度比24.1%の改善を求める見通しで、燃費改善競争は激しさを増しそうだ。
マツダは相反する要求を両立させて燃費を向上
(日経エコロジー 相馬隆宏)