(今どき 健康学)東洋医学、体のバランス重視 :日本経済新聞
イラスト・中村 久美
「未病」という言葉がある。「いまだ(未)病気(病)になっていない」を略したもので、病気ではないが疲れ、だるさなどがある状態をいう。漢方書の「黄帝内経(こうていだいけい)」に記載がみられる。「将来罹(かか)るであろう病気をあらかじめ治しておく」という考えで、中国の医学(東洋医学)では「未病を治す」が基本になっている。
病気の前兆を見つけて早いうち(あるいは病気が軽いうちに)に治してしまおうというものだ。いわば前病気の状態である。ちなみに、すでに病気になっていることを漢方では「己病(きびょう)」という。
前回、健康のためにはバランスのよい食事を取るのが最もよい、と書いた。体もバランスを保つことが大切で、未病はストレスなどによって体のバランスが崩れた状態を指すといえる。
よくいわれることだが、西洋医学と、中国医学を中心とする東洋医学とは基本的な考えが異なる。西洋医学は分析的で、病気の原因をとことん追究し、それを取り除くことを主眼とする。薬も効き方はシャープ。外科手術という考えも西洋医学からは当然出てくる。
一方、東洋医学では体のバランスを重視する。病気になるのは、何らかの理由でこのバランスが崩れた状態になることと捉える。漢方薬も体のバランスを健康な状態の時に戻すのに重点を置く。未病の概念もこの流れから生まれてきたようだ。もちろん、手術といった考えはない。
西洋医学が分析的であるなら、東洋医学は総合的といってよいだろう。体質、体力といった言葉が東洋医学ではよく使われる。QOL(クオリティー・オブ・ライフ、生活の質)の向上を目指した医学ということになろうか。
東洋医学では病気の原因を追究するのは「二の次」ともいえ、西洋医学の視点からだと、非科学的に映るかもしれない。
しかし、体のバランスを整えるのはある意味では合理的ではないだろうか。体が持つ自然治癒力を生かし、漢方薬はそれを助ける、という考えは今の生活習慣病の克服にも通じる。
ただ、何でもかんでも漢方や東洋医学、伝統医学で治すというのは少々乱暴な考えでもある。東洋医学と西洋医学のバランスをとった病気の克服法、健康維持法があるに違いない。
(江戸川大学教授 中村雅美)
「薬食同源」という言葉がある。「医食同源」ほど広く知れ渡ってはいないが、要は、食事は体の養生につながるという考え方だ。
中国古代の医学書(薬学書)としては「黄帝内経(こうていだいけい)」「神農本草経(しんのうほんぞうきょう)」「傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)」の3つがよく知られている。この中の神農本草経に「薬食同源」あるいは「医食同源」の考え方が書かれている。
神農本草経では薬を上薬、中薬、下薬の三つに分けている。このうち上薬というのは「命を永らえるのに役立つ薬物」とされる。長期間飲んだり食べたりしても害がなく、体の養生に資するものだ。毎日口にする食事がこれに当てはまる。昔から食事は健康を支える大切なものとされてきた。薬食同源、まさに「食は薬なり」なのだ。
漢方では口にできるものは、植物であれ、動物であれ、鉱物であれ、すべて「薬」になる。毎日の食事も例外ではない。食は健康に維持し、人々のQOL(クオリティ・オブ・ライフ、生活の質)を高める重要なものとして位置づけられる。
これをより具体化したものが薬膳だろう。薬膳は病気を持っている人の、いわば「食事療法」として使われることが多いが、もちろん健康な人が取ってもよい。
かつて、1日に30品目の食材を摂りなさいといわれた。「今日は何品目食べたかな」と考えると夜も眠れないという人がいて、この数値目標は最近ではあまり耳にしなくなったが、要は多様な食材を、バランスよく食べることが肝要ということだ。薬膳は多様なものをバランスよく食べることに主眼を置いたもの。色や香り、味などにも気を配って「食事の楽しさ」を伝えてくれる。
健康に対する食事の大切さは現代に生きている。2000年から始まった「健康日本21」では「栄養・食生活は、生命を維持し、子どもたちが健やかに成長し、また人々が健康で幸福な生活を送るために欠くことのできない営みである」とうたっている。
生活習慣病から逃れ、QOLの向上をはかるためにも、多様なものをバランスよく摂るという薬膳の教えを毎日の食事に取り入れることが必要だろう。
(江戸川大学教授 中村雅美)