政府、発送電一体の見直し検討 電力市場の競争促す :日本経済新聞
政府が年明けから本格検討に入る電力制度改革の論点整理の骨格がわかった。企業や家庭が電力会社を選択できる仕組みづくりや新規事業者の参入で競争を促進するのが柱。前提となる送配電部門の中立性を高めるため、発電と送配電を一体運営する現行体制の見直し検討を促す。緊急時の停電を避けるため「需要抑制」の仕組み導入も明記する。東京電力への公的資金の注入を見据え、電力市場の改革を進める狙いだ。
枝野幸男経済産業相が27日の「電力改革と東京電力に関する閣僚会合」に論点整理を提出。政府は年明けから本格議論を始める。2013年通常国会での電気事業法改正案の提出をめざす。
論点整理では、東日本大震災直後の計画停電の教訓を踏まえ、電力需要を料金設定などで調整する仕組みや、小売り自由化や電力会社の相互参入で選択肢を拡大する必要があるとの認識を示す。
発電、小売り事業への新規参入が妨げられないように、電力会社の送配電部門の中立性を高め、競争環境を整えることが重要との考えを明記。これを受け、政府は電力会社が発電、送電、配電、小売りまで一括して担う「発送電一体」体制の見直し議論に入る。
送配電部門を電力会社から完全に切り離す「所有分離」は電力の安定供給のために電力各社が担う供給義務やコストの面から問題があるとの指摘もある。このため、論点整理では送配電部門の中立性をいかに担保するかに力点を置く。
具体的には「所有分離」のほか、電力会社内で会計を分けたり、情報を遮断する「行為規制」の徹底、送電線網の運用の独立性を高める「機能分離」、持ち株会社の下に発電と送電を別会社で置く「法的分離」といった類型に言及、検討を促す。
需要抑制策としては、供給不足の懸念がある時は電力料金を引き上げるなど価格調整の仕組みを取り入れる。家庭へのスマートメーター(次世代電力計)普及も進める。
(電力市場制度改革の視点)(上) 「発送電一貫」の欠陥 検証を :日本経済新聞
松村敏弘 東京大学 博士 専門:産業組織、公共経済学
今年10月から経済産業省の総合資源エネルギー調査会基本問題委員会が始まり、震災前に策定したエネルギー基本計画の見直し、エネルギー・電源のベストミックスの議論が続いている。過去の経緯や政策の継続性への配慮に引きずられた従来の議論から決別し、あえて理想の姿を議論し、この理想に現実をいかに近づけるかという発想をする点が今回の特徴だと考える。
筆者は「消費者の選択の結果、自然にベストミックスが実現する制度を構築する」ことが最も重要だと考える。すなわち、公正な競争環境下で切磋琢磨(せっさたくま)する事業者が、消費者の支持により生き残ることを通じてベストミックスが達成されるべきだ。その際には、税・補助金、固定価格買い取り制度(FIT)などの政策で競争条件を補正するとともに、賠償費用(リスク費用)やバックエンド(後処理)費用、系統費用など本来事業者が負担すべき費用が第三者につけ回しされないことが前提となる。
化石燃料にも原子力にも依存しない再生可能電源を支持する消費者は、再生可能電源を主電源とする事業者から電気を買えばよい。同様に、原子力こそ脱炭素社会の主役だと考える消費者は原子力を組み入れた事業者から、電源と無関係に最も安い電気を支持する消費者はコスト競争力のある電源を組み合わせる事業者から、それぞれ電気を買えばよい。この結果、どの事業者が消費者から支持されるかが明らかになる。
単に「再生可能電源がよい」というだけなら、それに伴う高いコストを負担する覚悟のない、無責任な支持表明である可能性を排除できない。「再生可能電源を主力とする事業者から電気を買う」行動は、必要な費用を負担したうえでの支持表明である。電力市場の自由化によって、消費者は責任ある意思表明の機会を与えられるべきである。
また、再生可能電源の費用は近い将来、化石燃料電源より低くなると主張するだけでは、自分たちに都合の良いデータだけを取り出した無責任な発言である可能性を排除できない。実際に再生可能電源が化石燃料電源より低コストになる、あるいは仮にコストが高くても消費者から支持されると考えるならば、再生可能電源を主電源とする電力事業を立ち上げて市場に参入すればよい。事業者もこうした責任ある意思表明の機会を与えられるべきである。
残念なことに、日本の電力市場はこの理想から遠い。そもそも家庭用の電力市場は自由化されていない。既に自由化されている産業用・業務用の大口市場でも競争はほとんど機能しておらす、新規参入者のシェアは自由化領域の4%にも達していない。ましてや家庭用など小口市場を自由化してもさらに競争メカニズムが働かない可能性が高く、規制なき独占になるだけであり、電源構成はほとんど変わらず料金が上がるだけという最悪の結果になりかねない。
さらに現状の発送電一貫体制の下では、公正で透明な競争環境が保証されていない。既存事業者(一般電気事業者)は送配電部門と発電・売電部門をすべて持つ垂直統合企業である。電力市場の新規参入者は、一般電気事業者の送配電網を借りて電気を供給している。この送配電網を使用する料金(託送料やトラブル時に振り替え供給を要請する場合に払う「インバランス料金」)およびルールが大規模事業者に有利になるように人為的にゆがめられている。
例えば、新規参入者には「30分同時同量」という制約が課されている。変動する自社の顧客の電力消費量に対して30分単位で3%の範囲内で供給量をあわせ、これに失敗すると罰則的に高額なインバランス料金がかかる仕組みだ。規模が大きければ個々の顧客の消費量の変動はならされるため、30分同時同量を達成するのは容易になる。人為的につくられた社会的に無意味な規模の経済性で、大きな参入障壁になっている。
より根源的な問題もある。現状の垂直統合体制は、大規模発電所を遠隔地に集中立地し、大送電線で需要地まで送る一般電気事業者のビジネスモデルに挑戦する新規事業者を、不公正な手段で排除する誘因も手段も与える。
以下はあくまで可能性の議論だが、分散電源を用いる事業者に、系統安定性を口実に不要な技術基準を義務付けて参入費用を引き上げることもできる。また、蓄電池を備えて参入する風力発電事業者に長期間の実証を強要し、その間低い価格での売電を強いて参入の誘因をそぐこともできる。本来は系統安定性のために使うべき需給調整契約を、特定規模電気事業者(PPS)に参入を断念させるための営業目的で利用することもできるかもしれない。
実際に参入を制限する行為の有無は別として、この行為が可能だと思わせるだけで新規参入を抑制する。公正な競争環境を整えるには発送電分離の方法として、発電会社と送配電会社に分離して所有関係を切り離すことで不公正な取り扱いをする誘因をなくす(所有権分離)、あるいは系統部門の権限を外に切り出して不公正な取り扱いをする手段を取り去る(機能分離)の少なくとも一方を実現する必要がある。もしくは抜本的な規制の強化で不公正な行動を抑え込まなければならない。
電力市場の自由化、発送電分離が消費者・国民にとって、常に良い結果を生むとは限らない。自由化が規制なき独占を生み電力値上げにつながる可能性は否定できない。発送電分離が発電・送電投資の調整の失敗をもたらし、供給安定性を損なうかもしれない。詳細な制度を設計する際には慎重な対応が必要だ。
自由化に関しては、マーケットメーカー(値付け業者)制の導入などの卸市場改革、不合理な託送料金制度の改革など競争促進的な施策を併せて進めることが重要だ。発送電分離に関しては、先行した欧米や韓国の制度設計および大規模停電、電力危機の経験を謙虚に学び、問題を解決する知恵を集める必要がある。
しかし、安定性の議論に際し「垂直統合が系統安定化のために最適である」という先入観を捨てる必要もある。日本の停電率が低いのは事実としても、停電率は風力などの不安定な再生可能電源の導入率にも依存するはずだ。表はドイツおよびスペインの導入量を示している。両国並みに風力・太陽光発電が導入されたとして、日本が今の停電率(および料金水準)を維持できるか考えればよい。欧州諸国に比べてはるかに低い風力・太陽光比率という、安定性の観点から恵まれた条件の下でしか低停電率を維持できない脆弱な系統を、垂直統合企業が築いてきたともいえる。
それだけではない。柏崎・刈羽に世界最大の原子力発電所群をつくったり、福島県から茨城県の太平洋沿岸に大規模発電所を集中立地させたりするなど、災害に対し極めて脆弱な電力供給システムを構築してきたのも垂直統合企業である。世界に先駆け大口需要家にスマートメーター(次世代電力計)を導入しながら有効利用できず、柔軟で効果的な需要調整をするための契約の導入や配電投資を怠り、社会を混乱させた輪番停電や電気事業法第27条に基づく使用制限以外に打つ手がなかったのも垂直統合企業である。
日本の垂直統合企業がつくり上げてきたシステムは、安定性の観点から「世界に誇るべき高品質」である側面と「極めて脆弱」である側面の両方がある。「安定性のためには垂直統合が最適である」という考えに根拠があるのか、日本の電力供給体制の検証を通じて確かめる必要がある。
(電力市場制度改革の視点)(下)地域独占の見直しが急務 :日本経済新聞
奥村裕一48年生まれ。東京大教養卒、旧通産省へ。専門は制度改革
東日本大震災が福島第1原子力発電所の深刻な事故を招いたのを受け、電力体制の見直しが課題となっている。本稿では災害後の対応だけではなく、日本経済の本質的なあり方を念頭に、これからの電力市場制度をどう考えるべきかの視座を提供したい。
電力市場は明治以来5回の制度変更があった。1回目は今から100年前、明治44年(1911年)の旧電気事業法の制定だ。電気保安規定などが盛り込まれたが、電気料金認可という事前規制は国会審議で認められず、自由競争を前提とする制度を敷いた。
2回目は、その20年後の昭和6年(1931年)の旧電気事業法改正で、今の地域独占、総括原価による料金認可の体制ができあがる。当時の5大電力が激しい顧客争奪戦を繰り広げていたこともあり、業界自主カルテルの機運などを反映した大改正となった。一般産業では、昭和恐慌のデフレにあえいでいた業界のカルテルを支援する重要産業統制法が制定され、戦後まで続く日本産業界のカルテル体質の推進が官民一体となって始まった時期でもあった。
3回目は、戦時体制に向かう中で昭和13年(1938年)に関連法が成立した日本発送電の創設による「電力国家管理体制」である。松永安左エ門(やすざえもん)ら当時の電力経営者は強く反対したが、時の情勢に抗することはできず、革新官僚に敗れ去った。
4回目は、戦後のGHQ(連合国軍総司令部)による過度経済力集中排除法のもとで生まれた9電力体制である。この体制づくりに活躍したのが松永だ。日本発送電側につく政府や組合関係者らの四面楚歌(そか)の中で孤軍奮闘してGHQと意思疎通した結果、成立したのが今も続く10地域独占体制である。松永自身が昭和初期に「電力統制私案」として発表していた構想であり、昭和6年旧電気事業法体制の完成版ともいえる。
5回目は、今に続く電力自由化模索時代である。95年電気事業法の改正により卸電力の自由化を対象とした独立系発電事業者(IPP)の導入が始まる(第1次自由化)。第2次自由化の法改正では小売りの自由化を開始し、「送電線の開放」を前提に小売りを担う特定規模電気事業者(PPS)や託送制度の創設などの制度改革が始まった。第3次自由化では、実効性向上のための制度整備が部分的に進んだ。送配電部門の会計分離、PPSなどの差別的取り扱いの禁止や託送で知り得た他の事業者の情報の目的外使用禁止、送配電運用ルールの中立的な策定・監視をする外部支援機関(ESCJ)が設置された。
日本産業界一般に目を移せば、このころカルテル体質と決別する制度整備が進んだ。戦後制定された独占禁止法は市場の番人としてカルテル行為に厳しい目を向けるようになった。産業界のまとめ役として伝統的に不況カルテルの旗振り役だった通産省(現経済産業省)も、公正取引委員会と良好な関係に変わっていった。電力などを自然独占業種として長年適用除外にしていた独占禁止法の規定を11年前に削除したのは、電力の規模の経済性が薄れてきたことと、右の経緯が背景にある。
以上の歴史をたどると、今回の電力改革は新たなパラダイムシフトというべきだが、その認識が日本社会全体に薄かったと思う。一般産業界がカルテル体質の是正にかじを切る中で、電力は戦後しばらく活力を示した後は、安定供給の名の下に地域独占に守られて効率性を欠き、自由化後も協調体制の古い体質を残したままだ。一般社会は自由取引下での電気料金変動に不慣れなうえ、政府も変化への認識が薄く、地域独占時代の体系をもとに電気事業法を改正したので、自由化と規制の規律の吟味が不十分である。
ここでパラダイムシフトの原則を2つ示そう。第1の原則は、「電気」という商品が普通の財と同じく自由に売買できるという、独占から自由な電力市場への本格的なシフトである。すなわち原価主義から価格をシグナルとする市場の活用に移行する。これは一見、昭和初期までの自由な電力市場に戻るように思える。当時の電力経営者はそれこそ多士済々、群雄割拠の時代で、電力がダイナミックな起業家精神を取り戻すという意味ではそう考えてもよい。ただし、その後の電力市場の世界の趨勢を踏まえて、当時と異なる点が4つある。
1点目は、自由な市場競争の果実を得るため、独占禁止法の精神により市場支配力の弊害を除去する必要があることだ。まず事実上の域内独占状態が続く現状を改め、地域をまたぐ電力小売りを奨励し、電力会社間をつなぐ連系線を抜本的に強化しなければならない。取引量がほとんどない電力取引所(表参照)の市場機能強化に向けた本格的な改革も不可欠で、大口需要家や自家発電の参加、買い手としての電力各社の参加も視野に入れなければならない。発電権の売買もあろうし、先物など取引リスクのヘッジ(回避)市場も必要だ。
2点目は、再生可能エネルギーの登場により、価格は高くてもそれ以外の価値がある電源についても自由に取引できる市場を設計する必要があることだ。3点目は、スマートグリッド(次世代送電網)の登場で、価格をシグナルとしたきめ細かい需要調整も格段に容易になることだ。今後自由化する家庭用小売価格の急激な価格変動を上手に緩和する市場設計にも役立とう。4点目は、発送配電・販売のすべてをそろえる一貫体制企業間の競争ではなく、自然独占が残る送配電網は開かれた共通インフラとして機能し、競争は発電と販売で起きるようになったことだ。これが次の原則につながる。
第2の原則は、共通インフラとしての送配電網への第三者による公平なアクセス権の確保である。この点は電力自由化の要であり、既存電力会社と新規参入者との間で公平かつ開放的な送配電網利用とそれを支えるガバナンス(統治)に知恵を絞るべきである。その根幹が後述の発送電分離である。ただし、送配電網を通じた電力の同時同量と一体性という物理特性から、送電網全体での独特の管理が電力信頼性のため必要となる。
この系統総体での運用、つまり系統運用の必然性と一般財としての電力の自由な市場取引を上手に組み合わせて、電力市場のきめ細かい設計をすることが自由化のカギとなる。例えば電力特有のリアルタイム市場の整備や市場も利用した周波数管理、送電線の混雑管理をする必要がある。
第2の原則を保証するためにも発送電分離が必要だ。既存電力会社から送配電設備とともに系統運用を切り離し、「独立」したガバナンス体制にすることが最大の眼目となる。発送電分離を巡っては、欧州連合(EU)での進展を念頭に、会計分離、機能分離、法的分離(分社化)、所有分離という段階で語られる。重要なのは短期の系統運用と長期の送配電網整備について、利害関係者に振り回されずに公平な視点で「独立」して運営し、結果に「責任」を持つ体制を確立することだ。なお配電と販売も独占対自由競争の関係にあり分離される。
発送電分離による安定供給への懸念も聞かれるが、系統運用の信頼性は情報通信技術を駆使した送配電部門の「見える化」の努力で対応できる。長期のエネルギー確保は既存の電力だけでなく多数の参加者で取り組む方がよい。
市場機能を有効活用する新たな電力体制の構築には、政府に、市場の構造・設計・運用や系統運用に精通した電力市場監視機能が必要となる。地域独占下の規制とは方向性が全く違うことを明記したい。
関東大震災の1カ月後の石橋湛山の評論に「この経験を科学化せよ」というのがある。今に置き換えれば、電力も政府も過去の経緯を捨て、多数が参加する自由で公平な電力市場の設計に、利害を離れてゼロから取り組むべきだ。