先端サービス、日本で使えず 音楽の聴き放題など :日本経済新聞
インターネットサービスで日本と世界の「地域差」が広がっている。ネットを通じた音楽の聴き放題サービスなどが欧米で急速に利用者を集める一方、そのほとんどは日本から利用できない。英語圏だけに先端サービスが先行提供されるケースも増えてきた。日本はこのまま世界のネット業界のトレンドから遅れてしまうのか。(田中暁人)
「ライセンスの都合上、米国外からのリスナーのアクセスは許可できません。深く深くおわびいたします」。米国で人気のネットラジオ大手、パンドラ・メディアのサイトに日本からアクセスしても表示されるのは創業者のこんな「おわび」だけだ。
米で1億人利用
同社は90万曲以上の楽曲を利用者の好みに応じて自動選曲して配信し、広告収入などで収益を得るサービスを展開する。米国での利用者数は1億2500万人以上。スマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)向けアプリのダウンロード数は1億回を突破した。昨年6月にはニューヨーク証券取引所に新規上場を果たすなど、ネットの新市場を切り開く注目ベンチャーだ。
ネットラジオ大手のパンドラ・メディアは昨年6月にニューヨーク証取に上場した=AP
日本から聴けないのはパンドラだけではない。世界1000万人の利用者を抱え、ネット経由で好みの曲を選んで聴ける英スポッティファイのサービス対象地域も欧米13カ国のみ。スポッティファイなどベンチャーの独走を食い止めようと、米グーグルやアマゾン・ドット・コムなどのネット大手が相次ぎ参入した音楽サービスも基本的には日本から利用できない。
著作権に守られた音楽や映像をネットで配信するには、権利の利用許諾などの手続きが必要になる。配信に関わる法規制や商習慣は国ごとに異なり、同じサービスを世界で同時展開するのは実は難しい。
ソニーも利用者がネット経由で好きな音楽を選んで聴いたり、クラウド上に楽曲リストを保存したりできる「ミュージックアンリミテッド」を欧米で展開中だが、おひざ元の日本でのサービス開始はまだ。同社の統合UX・商品戦略部門で統括部長を務める木元哲也氏は「レコード業界との話し合いを早くまとめて年内にも始める。日本市場では他社に先行したい」とする。
権利問題にとどまらず、米企業の間ではサービス開発がしやすい英語版を優先させるケースも多い。スマホに話しかけて検索サービスを利用する「音声検索」の英語版をグーグルが始めたのは2008年だが、日本向け投入は09年。米アップルが「iPhone」向けに始めた音声入力「Siri(シリ)」も英語版でのサービスが先行した。
まず欧米が恩恵
日進月歩で新サービス開発が進む交流サイト(SNS)もそのほとんどが「欧米生まれ」。まずは欧米のネット利用者が新サービスによる利便性向上や市場拡大の恩恵を受けているのが現状だ。
単に英語というだけなら「言語の壁」を越えれば日本からでも利用できる。ただ、パンドラなどコンテンツ系サービスの多くは、ネット上の「住所」にあたるIPアドレスの情報などを基に、ネット利用者がどの国から自社サービスにアクセスしているのかを分析し、地域に応じてサービス利用を阻止できる技術を活用。有料のサービスでは、クレジットカードの発行国を識別して地域ごとに利用を制限する手法も使われている。
国内ハイテク大手のある社員は特別なネットワークを経由したり、海外で取得したクレジットカードを使ったりして、日本にいながら世界の先端ネットサービスを試用している。「日本からでも欧米の先端サービスを利用できる環境を整えなければ、世界のトレンドから取り残される」との危機感があるからだ。
当局によるネット検閲の影響で一部のネットサービスが利用できない中国などにとどまらず、実は見えない所で広がるネットの“地域格差”。日本から見える風景だけでは、世界で進むネットの進化を知ることはできない。