新年度が始まって約1カ月。職場や学校で新しい環境になじめず、気がめいっている人もいるかもしれない。うつに陥るのを防ぐには、自分の食生活を見直すのも一つの手だ。葉もの野菜に含まれるビタミンの一種、葉酸などを多くとる人は、うつの症状が出にくいことがわかってきた。
葉酸の摂取大切
「この1カ月間の食事をチェックしましょう」――。国立精神・神経医療研究センター神経研究所の功刀(くぬぎ)浩・疾病研究第3部長は、うつ病で同センターの病院を訪れる人の食事を詳しく調べている。うつ対策は職場環境などの改善、十分な休息、ストレスを感じないような気の持ちよう、投薬の4つが代表的。5番目に食生活の指導を加えた。「悪化を遅らせたり予防したりする効果は期待できる」という。
たっぷり食べるといいのはビタミンの一種、葉酸を含む食品だ。葉酸は人間が生きていくためにアミノ酸を利用する仕組みと関係し、神経伝達物質の生成にも関与する。たんぱく質や核酸の合成でも重要な役割を果たす。
葉酸はホウレンソウやブロッコリー、アボカドなどの緑色野菜に多く含まれる。煮たりゆでたりすると、かさが減って多くとりやすい。調理で栄養分が多少抜けても気にする必要はない。
エネルギーのもとになる脂分もきちんととる。できれば、青魚の脂などに含まれ神経に栄養を与えて働きを良くする「n―3系多価不飽和脂肪酸」をとりたい。「魚は週に2〜3回食べるよう勧めている」と功刀部長。主食は白米よりも玄米の方がビタミンや食物繊維の摂取を増やせる。
何を食べれば、どの病気の予防にどのくらい効果的なのか――。正確なデータで研究できるよう、東京大学の佐々木敏教授は食事の調査票と結果の分析手法を開発。1カ月間に何をどんな頻度で食べたかを聞き、栄養素の摂取量などを正確に割り出せるようにした。ここ数年、この調査による成果が相次いでいる。
福岡大学などと沖縄県の中学生6517人について分析したところ、葉酸を多くとる人ほど、うつ症状が弱い傾向があった。東北大学などと70歳以上の高齢者1058人を調べた調査では、うつ症状の弱い人は1日に飲む緑茶の量が強い人よりも多かった。茶に含まれるアミノ酸の一種で、脳内の神経伝達物質や栄養因子の生成に関係があるとされるテアニンが影響している可能性がある。
食事のパターンとうつ症状との関係もわかってきた。国立国際医療研究センターの南里明子栄養疫学研究室長らは九州の525人を調査。カボチャ、緑の葉野菜、豆腐、緑茶などを多くとる「健康日本食パターン」の食事が多い人ほど、うつ症状の確率が低かった。逆にパン、牛乳、アイスクリームなどを中心とした「洋風朝食パターン」だと確率は高かった。
健康日本食パターンの食品には葉酸などのビタミンが多く含まれ、栄養成分ごとの調査結果とも矛盾しない。n―3系不飽和脂肪酸については結果が一定しないが、海外の研究では摂取が多いとうつ症状が弱いとの報告が複数ある。「うつによいとされるものだけではなく、多くの食品をバランスよくとってほしい」と南里室長は呼びかける。
食事の好みに変化
うつになると食事の好みが変わりやすい。「食べたものによってうつの症状が出やすくなるのか、うつの結果食べ物が変わったのかは解明できていない」(東大の佐々木教授)。ただ、国立国際医療研究センターの調査で、葉酸はうつ症状を抑えるとの因果関係がわかってきた。
神経研究所の功刀部長によると、うつの人には太り過ぎが多いという。ストレスなどでたくさん食べてしまい、しかも運動しないためだ。
糖尿病や高脂質症など生活習慣病の原因とも共通する。これらの患者はうつになりやすく、うつの人は糖尿病などを患いやすいという。生活習慣病を防ぐために規則正しい生活とバランスのとれた食生活を心がければ、うつ状態に陥るのを食い止めることにもつながり一石二鳥といえる。
(編集委員 安藤淳)
ひとくちガイド
《本》
◆脳によい食事などを解説する「脳からストレスを消す食事」(武田英二著、ちくま新書)
◆「食事と生活習慣で『うつ』をやわらげる」という特集を組んだ月刊誌「栄養と料理」5月号(女子栄養大学出版部)