→ http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20120703/226571/?ST=rebuild
農村や漁村の仕事をIT(情報技術)によって効率化し、地域経済の活性化や再 可能エネルギーの導入を進める。こうした「スマートビレッジ」という考え方 今、熱い視線が注がれている。
2012/07/04
藤堂 安人=日経BPクリーンテック研究所
次は「スマートビレッジ」がやってくる:復興ニッポン いま、歩き出す未来への道農村や漁村の仕事をIT(情報技術)によって効率化し、地域経済の活性化や再生可能エネルギーの導入を進める――。こうした「スマートビレッジ」という考え方に今、熱い視線が注がれている。
例えば農林水産省と環境省は、近くスマートビレッジの実証実験を全国5カ所で実施するための公募を始める予定だ。滋賀県も2012年2月に発表した2012年度予算案に、スマートビレッジ構想の実現に向けた調査費などを盛り込み、嘉田由紀子知事が掲げる「卒原発」を具体化する重要な事業と位置づけている。経済産業省も別の実証実験の中でスマートビレッジの構築に向けた取り組みを始めた。こうした流れを企業が見逃すわけはなく、既にスマートビレッジの走りともいえるビジネスを展開しつつある。
エネルギーの自給だけでなく 図1●みなまた農山漁村地域資源活用プロジェクト事業の説明パネル。 「スマートエネルギーWeek2012」で日経BPクリーンテック研究所が撮影農林水産省と環境省の定義によると、スマートビレッジは「再生可能エネルギーを活用した発電設備を建設して、農村部における電力の自給自足を図ろうとするもの」。ただ、実証実験の内容などを見ていくと、この定義では少々範囲が狭すぎる印象を受ける。エネルギーの自給自足だけでなく、農林水産業の生産や経営そのものを効率化することで、農業や漁業従事者の経済基盤を安定させるところまで含む概念と捉えた方がよさそうだ。
その好例として、既にスタートしているスマートビレッジの実証プロジェクトである熊本県水俣市の「みなまた農山漁村地域資源活用プロジェクト事業」を見てみよう(図1)。これは経済産業省が7地域で進めている次世代エネルギー技術実証事業のプロジェクトの一つで、実証の内容は次の3点である。
(1)次世代の低炭素型施設園芸(ビニールハウスに再生可能エネルギーを活用するシステムや直流駆動装置、ヒートポンプを活用した省エネ型の夜間温度制御装置などの開発)
(2)海面養殖栽培総合マネジメント(海上の養殖いけすに太陽光発電設備を導入して自立分散型の電源システムを構成。限られた発電量での充放電制御や無線遠隔管理を実現する)
(3)EMS(エネルギー管理システム)によるエネルギー最適運用(都市部に比べてエネルギー需要規模が小さい地域に適合し、地域での共同利用などによって低コスト化を実現するEMSの開発)
再生可能エネルギーやEMSの導入にはコストがかかるので、実証実験のポイントの1つは「いかに経済的に成り立たせるか」になる。これは難しい課題だが、システム開発を担当する富士電機は「確かにコストは上がるものの工夫で解決できる」と考えているようだ。
例えば(2)では、太陽光発電設備に費用がかかる。しかし、それをエネルギー源としていわゆるマイクロバブルを発生させ、カキの育成を促進し赤潮の被害を防げると見る。こうして生産性を上げれば、経済的にもメリットを出せるわけだ。さらに、再生可能エネルギーや省エネ技術など低炭素な手法を使っている点を消費者にアピールすることでカキのブランド価値を高め、以前より高価格で買ってもらえるようにすることを狙う。
同実証プロジェクトの成果を別のプロジェクトに移植する「横展開」も目的の1つ。東日本大震災の被災地の農林水産業の復興に役立てると共に、東南アジアなど海外にビジネスパッケージとして輸出するモデルを確立したいという。
オランダに学ぶスマートビレッジを経済的に成り立たせるには、農林水産業に限らず地域レベルでエネルギーを融通し合うことも重要である。先行するオランダでは、農業生産法人が導入したコージェネレーションシステムで発生する熱エネルギーを地域の学校や養護施設に提供する試みが始まった。地域の施設にとっては通常よりも安い価格で熱エネルギーが得られ、農業法人にとっても副収入が得られるというモデルが成立している。
オランダの取り組みは、ITの活用やパッケージ輸出という面でも参考になる点が多い。オランダは狭い国土を干拓・土壌改良に苦労しつつ広げてきた。その土地を最大限に生かすため、歴史的に施設園芸が重視され、農作物の収量を上げるためのコンピュータ制御が早くから進歩した。さらに農業法人間のオランダ国内における競争が激しく、海外に進出して新たなマーケットを開拓するしか道がなかった。これらの理由から、開発したソフトウエアやノウハウを組み込んだビジネスパッケージを海外に輸出してきたのである。
施設園芸や植物工場に詳しい千葉大学名誉教授の古在豊樹氏によると、オランダの農業事業者の考え方は、無人化と自動化を徹底的に進めてスケールメリットを追求するというもの。新興国でもコスト競争力は高い。しかも同氏によると、栽培のノウハウを詰め込んだコンピュータ・プログラムをブラックボックスにして、簡単にはまねできないようにした上でプラント輸出を図っているという。知財戦略の面でも海外進出のインセンティブの面でも、オランダに学ぶ点は多そうだ。
農業クラウドの活用始まる日本の企業もITの活用で農業生産を効率化することに挑み始めている。例えば富士通は、農業生産者や農業法人向けのクラウドコンピューティング・サービス「F&AGRIPACKシリーズ(エフ アンド アグリパック シリーズ)」の提供を開始した。農業の「経営の見える化」「生産の見える化」「顧客の見える化」を支援するもので、富士通のデータセンターを利用したSaaS(Software as a Service)形式で提供することで、利用者はインターネットに接続されたパソコンから手軽にサービスを利用できる。
第1弾として、農業独自の会計や給与計算、税務申告などの業務を支援する経営管理サービスと、農産物の生産履歴情報(耕作地ごとの天候、土地中の湿度、肥料を与えた日時・量、出荷状況、在庫など)を管理するサービスの二つを提供した。今後も、農業生産に必要なサービスを体系的に追加・提供していくという(図2)。
図2●富士通の農業クラウドサービス「F&AGRIPACKシリーズ」体系図 (出所:富士通)ユニークなのは、まず実際に宮崎県の農家である新福青果で実証実験を行って事業的にも成功を収めた後に、一般向けにサービスを提供する戦略を採っていることだ。新福青果の事例はマスコミにも数多く取り上げられ、ブランド価値向上の効果ももたらしている。
日本でのスマートビレッジへの取り組みはまだ始まったばかりだ。世界的には後発かもしれないが、まだ手遅れというわけではない。センサーネットワーク技術やクラウドサービスを高度化するなど、新技術を次々に取り込むと同時に、被災地などで実証プロジェクトを立ち上げてノウハウを積むことで、国際競争力の高いビジネスパッケージの輸出モデルを確立できる可能性は十分ある。