2012年版防衛白書の主な内容は次の通り。
第1部 わが国を取り巻く安全保障環境
【概観】 北朝鮮における金正恩氏を新指導者とする体制への移行やミサイル発射といった挑発行為、中国による軍事面などでの注目すべき挑発行為、ロシアによる活発化の傾向にある軍事活動がみられる。
米国はアフガニスタン・イラクからの撤収や厳しい財政状況を背景に、新国防戦略指針を公表。安全保障戦略の重点をよりアジア太平洋地域に置き、同盟国との関係強化などを打ち出している。
第1章 諸外国の防衛政策など
【米国】 オバマ大統領が今後、アジア太平洋地域におけるプレゼンスや任務を最優先とすることを明言し、新国防戦略指針で確認。
【北朝鮮】 4月の人工衛星と称したミサイル発射は失敗したが、今後も同様の発射をする可能性が高い。国家行事や金氏による現地指導が整斉と行われており、新体制は一定の軌道に乗っていると考えられる。
【中国】 共産党幹部の腐敗問題や地域格差など政権運営を不安定化させかねない要因が拡大する傾向にあり、次期政権を取り巻く環境は楽観的ではない。「共産党指導部と人民解放軍との関係が複雑化」や「対外政策決定における軍の影響力が変化」といった見方があり、危機管理上の課題として注目。中国海軍による太平洋進出は常態化しつつある。
【東南アジア】 ミャンマーは民主化への取り組みを活発化。核や北朝鮮との軍事関係などの懸念事項も指摘される。
第2章 国際社会の課題
【イラン核開発】 新たなウラン濃縮施設で活動を開始。米欧などは独自制裁を強化。イランはホルムズ海峡封鎖を示唆しつつ、国際原子力機関(IAEA)調査団を受け入れるなど外交的な駆け引きが活発化。
【サイバー空間】 日本でも防衛装備品を製造する民間企業や立法府、行政機関にサイバー攻撃がされた。国家の安全保障に重大な影響を及ぼし得るもので、脅威の動向を引き続き注視。
第2部 わが国の防衛政策の基本と動的防衛力
第1章 わが国の安全保障と防衛の基本的考え方=略
第2章 防衛大綱
【策定の背景】
長い海岸線と多くの島しょを有するという地理的要素を持つ一方、安全保障上の脆弱性を持っている。大規模着上陸侵攻などの本格的な侵略が起こる可能性は低いものの様々な事態に的確に対応する必要がある。
第3章 動的防衛力の構築に向けて
【構造改革】 動的防衛力を構築するためには総合的・横断的な観点から装備、人員、編成、配置などの効率化・合理化を図る。
第3部 わが国の防衛に関する諸施策
第1章 自衛隊の運用
【島しょ攻撃対応】 自衛隊による平素からの情報収集、警戒監視などにより兆候を早期に察知することが重要。兆候が得られず島しょが占領された場合は、奪回する作戦をする。
第2章 日米安全保障体制の強化
【在日米軍再編】 米国は司令部、陸上、航空、後方支援から構成する海兵空地任務部隊(MAGTF)を日本、ハワイ、グアムに置き、オーストラリアへローテーション展開させる。これにより、アジア太平洋地域で柔軟かつ迅速に対応し得る米軍の態勢が構築される。
第3章 国際社会における多層的な安全保障協力
【多国間の安保協力】 災害救援やテロ対策など非伝統的安全保障分野で、全体的な協力感・協調感を醸成していくことが重要。アジア太平洋地域内の秩序形成や共通規範の構築に向けた具体的な協力を進めることが必要。
第4章 国民と防衛省・自衛隊=略
日米同盟強化で抑止力 12年防衛白書、「動的防衛力」明記 :日本経済新聞
2012年版防衛白書は、アジア太平洋重視にシフトした米軍の新たな態勢を受け、日米同盟の深化を急ぐ必要性を強調した。中国や北朝鮮が日本周辺で軍事力の近代化を進めるなか、日米同盟関係を強化することで実質的な抑止力につなげる考えだ。
カギとなるのは日本の「動的防衛力」構想だ。ミサイルや戦車など物理的な防衛力のみに頼るのではなく、眼前に迫る脅威の優先度に応じて部隊の配置や装備にメリハリをつけていく考え方だ。今回の防衛白書では日本防衛の看板政策として、全体の7分の1の分量を割いて浸透を図った。
日米防衛協力にあたり「動的防衛力の考え方を適用する」と明記。具体的には(1)基地・施設の共同使用(2)共同訓練・演習の拡大(3)情報共有や共同の警戒監視の拡大――といった取り組みを進めて「実効的な抑止と対処を確保する」と訴えた。
日米両政府が4月に合意した在日米軍再編計画の見直しに関しては、米海兵隊を沖縄やグアム、ハワイ、豪州北部ダーウィンに分散して展開させる方針を説明。「多様な事態に、より柔軟かつ迅速に対応し得る米軍の態勢が構築される」と米軍再編の意義を強調した。
今回の白書では、中国への懸念について軍事面だけでなく権力構造への変化に初めて触れた。防衛省幹部は「あくまで客観的な分析であり、日本の安全保障上の脅威が高まっているわけではない」と強調する。
しかし、沖縄県の尖閣諸島周辺では中国の漁業監視船などによる領海侵入相次いでいる。防衛省幹部は「森本敏防衛相は自衛隊の空白地域となっている南西地域の防衛力強化を重視している」と話す。動的防衛協力を具体化して日米同盟の抑止力を高める措置を一刻も早く取らなければならないとの判断が、白書に表れたと言えそうだ。
防衛白書「中国、不安定化の要因増す」 12年版 :日本経済新聞
森本敏防衛相は31日の閣議で2012年版防衛白書を報告、了承を得た。軍備増強を続ける中国について、共産党幹部の腐敗問題や貧富の格差の拡大に触れ「政権運営を不安定化させかねない要因が拡大・多様化の傾向にある」と警戒感を表した。「共産党指導部と人民解放軍の関係が複雑化している」との見方も示し、対外政策の決定で軍の影響力が相対的に高まっている可能性に言及した。
森本防衛相は31日の閣議後の記者会見で、中国への懸念に関し「東アジア全体で中国がどういう方向に行くのか、一定の警戒心があるのは事実だ」と語った。
白書は中国海軍による太平洋への進出が「常態化」しつつあると指摘。「空母の保有に向け、研究・開発を本格化させている」と紹介し「外洋での展開能力の向上を図っている」と分析した。軍備や調達目標、国防予算について「具体的な将来像は明確にされておらず、透明性も十分確保されていない」と批判。「国際社会の責任ある大国」として改善を促した。
北朝鮮情勢では、11年末の金正日総書記の死去を受け、新指導者の金正恩体制が「一定の軌道に乗っている」との見方を示した。4月の弾道ミサイル発射に関しては「挑発行為」だが「発射は失敗した」と結論づけた。一方で「今後も同様の発射を行う可能性が高い」との見通しを示した。
米軍の動向を巡っては、アフガニスタンやイラクから撤退し、今後はアジア太平洋地域を重視する国防戦略指針を説明。日米両政府が4月に合意した在日米軍再編計画を見直す共同文書によって「日米同盟の抑止力維持と沖縄の負担軽減が両立する」と明記した。
米海兵隊の垂直離着陸輸送機オスプレイについては、米政府が「信頼性、安全性基準を満たす」として量産を決めた経緯を解説。現行の輸送ヘリコプターCH46と比較して最大速度や搭載量など基本性能が向上すると訴えた。
2012年版防衛白書が31日の閣議で了承された。日本近海などでの中国軍の動きに警戒感を一段と鮮明にしており、共産党指導部と人民解放軍の力関係が「複雑化している」ことや、政治腐敗・地域格差など中国国内の問題に触れて「政権運営の不安定要因が拡大・多様化の傾向にある」と異例の言及が続いた。軍事などを巡り不透明さが際立つ中国に日本政府の戸惑いがにじむ。
森本敏防衛相は31日の記者会見で「東アジア全体で中国がどういう方向に行くのかについて一定の警戒心があるのは事実だ」と述べた。
中国外務省は日本の防衛白書について「中国は防御的な国防政策を遂行しており、いかなる国家にも脅威にはならない」と反論する談話を発表。「他国の正常な軍の発展を大げさに言う国には別の目的があるに違いない」とも述べ、日本が中国脅威論を利用して軍備増強を図ろうとしていると指摘した。
中国の12年度の国防予算は約6503億元(約7兆8037億円)で、昨年度の当初予算額から約11.4%増えた。過去24年間では約30倍に膨れあがった。白書は「公表額は実際に軍事目的に支出している額の一部にすぎないとの指摘がある」と紹介。自衛隊幹部は「軍事費を伸ばして一体何をやろうとしているのか。意図が分からない」と吐露する。
今回の白書の特徴は軍事面だけでなく、政権運営の先行きや中国共産党と軍の指導体制に警鐘を鳴らした点だ。中国は今秋の共産党大会で習近平国家副主席による新たな指導体制に変わる予定。白書は「政権運営の不安定要因」として政治腐敗や地域格差、貧富格差、物価上昇、環境汚染、高齢化と様々な問題を列挙し「次期政権を取り巻く環境は楽観的ではない」と懸念を示した。
軍事力の近代化に伴って軍の任務が多様になり「共産党指導部と人民解放軍との関係が複雑化している」状況を「危機管理上の問題」と表現。防衛省幹部は「党の絶対的指導は揺らいでいる。軍の影響力が相対的に増せば、日本周辺の安全保障環境に直結しかねない」と警戒心を隠さない。
外交評論家の岡本行夫氏は中国の動向について「最近は沖縄列島を越えての太平洋進出の姿勢も著しい。装備の近代化も急だ」として白書が懸念を示すのは当然だとの見方を示した。そのうえで「中国新指導部が膨張政策に歯止めをかけるか見守りたい」とコメントした。