「電力網の再発明」を狙う、少壮の天才女性科学者:ダニエル・フォン « WIRED.jp
ダニエル・フォンが12歳になったとき、母親は娘を直接大学に進ませた。「人間は臆病で過剰に反応しやすいもの。世間の人たちがどう思おうが関係ない。人がどう思うかというのは、だいたいが『戦うか、それとも逃げるか』ととっさに判断する神経反射みたいなものだから」
ダニエル・フォンは、圧縮空気を詰め込んだ巨大なタンクを利用し、電力網をまったく新しいものに作り替えることを狙っている。 PHOTO BY WIRED/ARIEL ZAMBELICH
ライトセイル・エナジー共同創業者のダニエル・フォンが12歳になったとき、母親のトゥルーディ・フォンは娘を直接大学に進ませたいと考えた。
ダニエルは高校卒業生を対象にした学業適性試験でも、すでに上位1%に入る結果を出していた。しかし、担任の教師は「ダニエルをまずはハイスクールに入れたほうがいい」「直接大学に行かせたら、彼女の教育が台無しになる」として母親の考えに反対。それでも、結局ダニエルは直接大学に進むことになった。自分も15歳で大学に入学した母親のトゥルーディは、この当時のことを振り返って、こう説明している。「自分の子どもを、あと6年もくだらない環境に置かなくてはならない理由は何だろう」「自分の子どもが嫌な目に遭うような世界──頭がきれることがかえっていじめられる原因になるような世界に、彼女を進ませたりはしなかった」
その後、ダニエルはカナダのダルハウジー大学を卒業し、17歳でプリンストン大学大学院に進むと、プラズマ物理研究室で博士課程の勉強を始めたが、結局ここを中退することに(学術研究の世界も小学校と同じようにつまらないと思ったのが理由)。そして20歳の時にライトセイル・エナジー(以下、ライトセイル)というヴェンチャー企業を知人と創業し、現在は同社の主席科学者(Chief Scientist)として働いている。
カリフォルニア州バークレイにあるこの小さなヴェンチャー企業は、ダニエルの教育にも劣らないほど型破りなアイデアを実現するために立ち上げられた。そのアイデアとは、世界中の余剰エネルギーを圧縮空気にして巨大なタンクに保存する、というもの。この蓄電用タンクを風力発電や太陽光発電装置に接続し、生み出されたエネルギーを電力がもっとも必要とされる時に備え、蓄えておけるようにする──ライトセイルではそんな雨水の貯水タンクにも似た蓄電装置の開発と普及を目指している。
主要な再生可能エネルギー源とされる風力発電や太陽光発電にも、発電量が一定しないという弱点がある。しかし、ライトセイルが実現を目指す圧縮空気タンクが使えるようになれば、こうした弱点も解決され、電力系統(送配電網)はいまよりずっと効率的なものになる。そして、それが最終的には世界をもっと環境に優しい場所に変えることにつながる。ダニエルやライトセイルの仲間はそう説明する。
2010年に、ダニエルと仲間たちは、エネルギーを圧縮空気に変えて保存するというこのアイデアを、米エネルギー省(DOE)の先端研究計画局(Advanced Research Projects Agency:ARPA)に持ち込み、研究開発助成金の支給を求めた。それに対し、DOEではこの申請を却下。ダニエルたちは会社経営には不向きで、またこのアイデアはうまくいかず、空気圧縮装置も爆発する可能性が高い。ARPAの役人はそう判断した。
しかし、ダニエルはそんな意見に耳を貸したりはしなかった(そんなところは母親譲りらしい)。彼女は、グリーンテクノロジー分野への投資で知られるヴェンチャーキャピタル、コースラ・パートナーズ(かつてサンマイクロシステムズを創業した4人組の1人であるビノッド・コースラがその後立ち上げたVC)から1500万ドルの投資を引き出した。現在、彼女は総勢32人のチームで、電力網をまったく新しいものに作り替えるという計画を先へと推し進めつつある。ダニエルの考えでは、圧縮空気タンクの潜在的市場規模は今後20年間で1兆ドルを超える可能性があるという。
「人間は臆病で過剰に反応しやすいもの。だから、自分自身のリソースと、そして本物の取り組みを手にしていれば、あとは世間の人たちがどう思おうが関係ない。人がどう思うかというのは、だいたいが『戦うか、それとも逃げるか』ととっさに判断する神経反射みたいなものだから」
バークレー(カリフォルニア州)にあるライトセイルのオフィスで。同社CEOのスティーブ・クレイン(右)、CTOのエド・バーリン(中央)と話すダニエル・フォン。
ダニエルたちが実現しようとしている技術は、ある意味で先祖返りともいえる。すでに19世紀後半には、圧縮空気タンクを使ったエネルギーの保存が実際に行われていた。その当時、パリや英バーミンガムから、アルゼンチンのブエノスアイレスまで、世界中の都市にこうしたタンクが設置されていた。また、ドイツでは30年ほど前から同様の技術が使われてきており、1991年には米国でもアラバマ州の電力会社が同様の蓄電施設を使い始めている。
エネルギーを圧縮空気に変えてタンクに保存する──このアイデア自体はシンプルなもの。電力源があればこのタンクにはどんなエネルギーでも保存できる──ガスや石炭を燃やしてつくった電気であろうと、あるいは風力発電などでできた電気であろうと関係ない。その仕組みはこんな感じだ──高校の物理の授業で習ったように、空気を圧縮すると温度が上昇する(自転車のタイヤに空気を入れる時のことを思い出してもいいが)。そして、保存した熱は、あとでエネルギーが必要になったときに電力に戻すことができる。これはバネを縮めたり、逆に緩めたりする感覚にも少し似ている。
ただし、いくつか問題もある──エネルギーを転換するたびにその一部が失われること、そしてタンクで保存中の空気は熱が失われることなど。この変換・保存効率の悪さから、これまで圧縮空気タンクが大規模に普及することはなかった。現在の圧縮空気タンクをつかったシステムでは、当初の発電量の50%以上が失われることもめずらしくない。いったん保存したエネルギーを後で電気として取り出す際に、あらためて発電機を回すことも効率低下の一因になっている。
1700年代以降、エネルギー保存のより効率的な方法を見つけようと、たくさんの科学者が悪戦苦闘してきた。ガルヴァーニの電池から、現代のバッテリーまで、さまざまな方法が考え出されたが、どの場合も同じ問題に突き当たった。どうすれば限りなくロスをゼロに近づけられるのか。この点に関して、ライトセイルのCEOを務めるスティーヴ・クレイン(地球物理学の博士号の持ち主でもある)は次のように言っている。「ダニエル・フォンは、この謎を解くための鍵の、少なくともその一部はすでに手にしている」「こういう言い方をすると少し傲慢に聞こえるかもしれないが、ダニエルはエジソンやほかの連中でも解決できなかった問題をすでにうまく解決していると、私はそう思っている」。
ダニエルがみつけた問題解決の鍵は水の追加──つまり、密度の高い霧状の水分を圧縮空気のタンク内にスプレーするというやり方で、これなら空気の圧縮中に発生する熱が水分に吸収される。この水分は、空気(気体)にくらべてはるかに効率よく熱を保存することができる。さらに、この霧状の水分のおかげでライトセイルのプロトタイプでは、エネルギーの保存や回収が従来の装置に比べてずっと容易にできるという。
ダニエル・フォンがライトセイル社で初めて開発したプロトタイプのスケッチ。余剰電力で大量の空気を小さな空間に圧縮・保存する。圧縮された空気は必要なときにエネルギーの生産に利用できる。ライトセイルによれば、このプロトタイプは圧縮に使ったエネルギーの70%を再生産できるという。
このプロトタイプでは空気を圧縮・保存しても、タンクの周囲の空気は10〜20度しか温度が上昇しない。数千度も上昇する他の仕組みとはその点が異なっている。さらに、このプロトタイプでは1立方インチあたり3,000ポンド程度の圧力になるまで空気を圧縮する(ダニエルはもっと高い圧力にしたいと考えている)が、エネルギーを保存する温度が低い分、タンクの耐圧も簡単になるという。他の圧縮空気をつかったシステムのなかには、タンクを地下深くに埋め込み、その圧力でタンクの爆発を防止するといったものもある。それに対して、ライトセイルのプロトタイプは地上に設置しても問題ないもので、その分コストも安く済むという。貯蔵したエネルギーを取り出し電気として使いたいときには、逆の手順を踏むだけでいい。
ただし、難しいのは圧縮空気の保存や取り出しの際に、どれだけの水分を加えればいいかという点で、ライトセイルではこの適正値を見つけるために40種類ちかいノズル(吹き出し口)を試してみたという(それ以外に、さまざまな形状のタンクを設計したことは言うまでもない)。こうした実験を積み重ねた結果、ライトセイルのシステムは、当初の35%程度から、いまでは約70%まで圧縮空気(エネルギー保存)の効率が高まっていると、彼女は説明している。
そんなダニエル・フォンのことを、スチームパンク小説の主人公みたいだと思う読者もいるかもしれない。近未来の世界を舞台にビクトリア朝時代の技術を蘇らせるSF小説の主人公のようだと。しかし、彼女がライトセイルで開発したプロトタイプは、空想の産物ではない。
彼女はもともと、この圧縮空気のタンクを自動車に積もうと考えていた。そして自分がロールモデル(お手本)として尊敬するイーロン・マスク──電気自動車のパイオニア、テスラ・モーターズの創業者に提案をぶつけてみることにした。内燃機関や充電式バッテリーの代わりに圧縮空気を詰め込んだタンクをクルマに載せる、熱せられた空気でピストンを動かすような新しいエンジンを積んだ自動車を。
だが結局、この事業化のアイデアはボツになった。長い歴史をもつ自動車メーカーを順番にまわって、圧縮空気のタンクを積むよう説得していく作業は至難の業と思えたからだった。そこでダニエルは別の至難の業──電力網の再発明を思いついたというわけだ。
ライトセイルのオフィスにて
TEXT BY CALEB GARLING
TRANSLATION BY 中村航
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2012年7月5日