魚の養殖、ゲノムで進化 飼育に向く遺伝情報活用、高品質を効率的に :日本経済新聞
生命の設計図とされるゲノム(遺伝情報)を魚の養殖にも活用する研究が広がっている。遺伝子解析によって得た生育データなどをもとに、品種改良を狙う。養殖魚への需要が高まるなか、品質を一定に保ち、効率よく育てる手法の確立を目指す。
東京海洋大学の坂本崇准教授は水産総合研究センター、農業・食品産業技術総合研究機構と協力し、魚の寄生虫として知られるハダムシがブリに寄生しにくくなる研究を進めている。天然ブリのなかにハダムシがつかないタイプがいることに着目。ゲノムの一部を解析して特殊な体表をつくる遺伝子群を見つけた。
この遺伝子群を持つ親ブリを選び、交配させて稚魚を飼育した。その後、ハダムシを寄生させた状態で、遺伝子群を持っていない親ブリから生まれた稚魚と比較する。
寄生しにくくなっていると確認できれば、養殖用の稚魚を遺伝子診断してこの遺伝子群を持った個体だけを選び育てていくことで、養殖の効率がよくなる。
ハダムシが寄生したブリは養殖用の網で体表をこすってしまい、傷ができて細菌感染しやすくなる。養殖の過程で淡水につけたり薬品を使ったりしてハダムシを取り除いており、手間がかかった。
北里大学の渡部終五教授は、東京大学、宮崎県水産試験場などと共同で、水温を低く保たなくても成長し繁殖する養殖用ニジマスづくりに有効な遺伝子を見つけた。通常は生息しにくい30度近くの高温でも大丈夫なニジマスを使い、体内でよく働く遺伝子を網羅的に解析した。高温の環境に耐えるのに必要な「熱ショック」たんぱく質の量が通常のニジマスの約3000倍だった。
並行してニジマスの詳細なゲノム解読も進めており、高温に強い関連遺伝子群を探索する。
マグロの効率のよい完全養殖を目指す動きもある。水産庁、水産総合研究センター、近畿大学などは養殖に適したマグロを選別するための遺伝子解析用DNAチップを開発した。肉質や産卵機能を調べ、養殖の効率化につなげる。
魚の養殖現場でも、これまで品種改良は進められてきた。ただ、遺伝的裏付けのないまま、優れた特性の個体同士をかけ合わせて世代を重ねていく手法が主流だった。改良が完了するには10年以上の期間が必要だった。研究者らはゲノムを活用すれば、数年で養殖魚の品種改良が可能になるとみている。
養殖魚の需要増、ゲノム研究後押し 世界で活発に :日本経済新聞
「成長が早い」「病気に強い」といった特性のある親をかけ合わせて優れた子を得る手法は、農産物や家畜ではこれまでも積極的に実施されてきた。高速シーケンサー(遺伝子解析装置)など遺伝子解読技術の普及によって、イネを中心に遺伝子を手がかりに新しい品種をつくる手法も広がっている。畜産分野では「クローン技術」も試されるようになってきた。
こうしたバイオ技術の応用は水産物では大きく遅れてきた。ここへきて研究が盛んになっているのは、養殖魚への需要が高まっているからだ。
2010年の世界の漁業・養殖業の生産量は1990年に比べて60%以上増えた。特に中国やインド、インドネシアなどで急増、養殖生産量の伸びは3〜9倍と著しい。
養殖の際に薬品を使わずに病気予防ができ、成長を早めることも可能になれば、生産性は増す。米国や中国、オーストラリアや北欧などでもゲノムを活用した養殖の研究が加速している。