インタビュー スマートグリッド:マグネシウムが変えるか、日本のエネルギー問題 (1/3) - MONOist(モノイスト)
「電気は貯められない」。現在のエネルギー政策は、この主張が大前提になっている。だが、東北大学未来科学技術共同センター教授の小濱泰昭氏は、この主張に真っ向から異議を唱える。太陽光でMg(マグネシウム)を精錬し、Mgを組み込んだ燃料電池に加工する……、こうして、電力を物質の形で蓄え、輸送し、新しいエネルギー循環を作り上げられるという。同氏は実際に機能するMg燃料電池も開発した。 [畑陽一郎,@IT MONOist]燃料電池は何らかの物質を酸素と反応させて電気エネルギー(と水など)を取り出す発電装置だ。モノ(燃料)を入れると電力が出てくるという点で、火力発電といくぶん似ている*1)。ただし火力発電よりも効率が高く、CO2(二酸化炭素)の排出を減らせる。
*1) 一方、リチウムイオン二次電池などは電力を入力し、蓄え、電力を出力する装置だ。モノを入れる必要はないが、最初に電力を入力しなければ機能しない。
燃料電池はモノを入れなければ動かない。現在広く使われている燃料電池は低分子の炭化水素や水素を燃料として用いる。例えば家庭用の設置型装置である「エネファーム」はCH4(メタン)を主成分とする都市ガスなどを使い、燃料電池車(FCV)ではH2(水素)を主成分とするガスを利用する。いずれも原料物質を酸化する過程で電力を取り出し、水などを排出する。
燃料電池が大規模に普及し、成功するかどうかには、さまざまな要因が関係する。例えば燃料の流通インフラや燃料電池のコスト低減などだ。しかし、地球全体のエネルギー循環まで考慮すると、長期的には投入するモノが再生可能かどうかによって決まるだろう。CH4は化石燃料であり、H2は現時点では再生可能になっていない*2)。
*2) 水素は水の電気分解で作り出せるため、原理的には再生可能エネルギー(例えば太陽光発電)で量産できる。しかし、現在量産されている水素は製鉄の副産物(関連記事:市街地に水素を供給、北九州市で燃料電池の実証実験始まる)やメタノール分解、都市ガス分解などを使って作り出しており、化石燃料が必要だ。
Mg燃料電池が登場東北大学未来科学技術共同センター教授の小濱泰昭氏が2012年1月26日に発表した「Mg燃料電池」は、再生可能であるところに特長がある。「太陽エネルギーを使ってMgを精錬するめどがついており、効率よく量産可能な燃料電池が実現する」(小濱氏)。Mgは地球上で8番目に多い元素であり、海水にもMgCl2(塩化マグネシウム、にがりの成分)として大量に含まれている。レアメタル問題を起こすこともなく、人体にも無害だ。
小濱氏の開発品は、燃料電池としてどのような点で優れているのだろうか(図1)。3点ある。
図1 Mg燃料電池 写真のセルは60Ah、6V。これを2つ直列にして使う。セルの寸法は幅約20cm、奥行き約23cm×高さ約15cm。重さは約4kg。出典:東北大学小濱研究室
まず、第1に電池としてのエネルギー密度が高く、小型化に向くということだ。小セルでの実験値は1464mAh/gであり、これはリチウムイオン二次電池の5倍以上に当たる。今回開発したMg燃料電池はまだ小型化の取り組みが十分進んでいないが、鉛蓄電池(35Wh/kg)や、ニッケル水素二次電池(60Wh/kg)を既に上回っており、リチウムイオン二次電池(120Wh/kg)がすぐ目の前に見えている性能だ*3)。
*3) 充電可能な鉛蓄電池やリチウムイオン二次電池と、1回ごとに使い切るMg燃料電池のエネルギー密度を直接比較する意味は薄いという意見もある。Mg燃料電池は、二次電池というよりも充電できない一次電池と似ている。しかし、非常用など、使用時に再充電ができず、1回限りで利用する場合には比較に意味が出てくる。
次に低コスト化が可能であることだ。原料金属が安価であることなどから「電池の実装について協力を求めた古河電池によれば、60Ah、12Vという開発品と同じ容量のPb電池(2万円)を示して、この半分にはできる」(同氏)という。つまり1万円が目標になる。
最後に、「寿命」が長いことだ。ここで言う寿命とは、いわゆるサイクル寿命ではない。電池内部にエネルギーを蓄えたまま、どの程度の時間、放置できるかという意味での寿命だ。二次電池は自己放電を起こすため、満充電状態にしても数カ月単位でエネルギーを失ってしまう。「Mg燃料電池は電解液を入れない状態で放置すれば50年、100年持つと考えている。このような性質は非常用電源として優れている」(小濱氏)*4)。
*4) 電池全体の反応はMgと酸素、水が反応してMg(OH)2(水酸化マグネシウム)が生成するというものだ。正極の反応は1/2O2+2H++2e− → 2H2O。負極の反応はMg+2H2O → Mg(OH)2+2H++2e−。電池全体の反応は、Mg+1/2O2+H2O → Mg(OH)2だ。
羽の生えた鉄道の研究から始まったMg燃料電池が生まれたきっかけは何だったのか、何がブレークスルーなのか、小濱氏に電話でインタビューする機会を得た(図2)。
@IT MONOist(MONOist) Mg燃料電池が生まれた背景を教えてほしい。
小濱氏 私の専門はそもそも電池とは無関係の流体力学だ。長年、乗り物の効率向上に取り組んでおり、高速輸送が可能な乗り物「エアロトレイン」(図3)を提案してきた。約20年前に最初のモデルを発表している。ただし、研究の当初から、輸送機関のエネルギー問題が気になっていた。リニアモーターカーのような高速輸送機関はエネルギーを大量に消費する。いわば原子力発電所を前提とした輸送機関であり、エネルギー問題の今後を考えるとこれではだめだ。そこで自然エネルギーだけで時速500kmで走行できる輸送機関の研究を続けた。
図2 東北大学未来科学技術共同センター教授の小濱泰昭氏
MONOist エアロトレインにMgが必要だったのか。
小濱氏 そうだ。軽量化が必要だった。Mgを取り入れたエアロトレインのモデルを2010年に開発できた。産業技術総合研究所基礎素材研究部門(九州センター)の協力を得て、難燃性Mg合金を見つけ出すことができたからだ*5)
*5) Mg(比重1.74)はAl(アルミニウム、比重2.7)の3分の2と軽い。しかしMgは、発火、燃焼しやすく、成形加工が難しいなどの理由から、これまで構造材としての利用が広がっていなかった。関連資料:「産総研のハイテクものづくり(第10回)」(PDF)。
図3 エアロトレイン 新幹線の2倍、時速500kmで浮上走行しながら、新幹線の3分の1以下の消費電力を目指したもの。航空機と鉄道を融合したような大量輸送機関である。出典:東北大学小濱研究室
MONOist しかし、このMg合金は電池とは無関係なのではないか。
小濱氏 エネルギー問題について常に考えていたため、新しいMg合金の電気的特性を調べることにした。2010年の暮れに基礎実験を始めたところ、非常に良い特性を持っていることが分かった。例えば、純粋な金属Mgを使って燃料電池を構成すると、1日で電池としての性質が失われてしまう。Mgを電解液に入れると水素を出して溶けてしまうからだ。電流を取り出すことがほとんどできない。溶け出さないようにすると、表面に酸化被膜などができてしまい電池として役に立たない。ところが、新しいMg合金では電池として3週間機能した。
MONOist 成功の秘密は何なのか。
小濱氏 Ca(カルシウム)だ。もともとはMgの発火、燃焼を抑制するためにCaを添加したものであり、なぜ電気化学特性が良くなるのかは不明だ。しかし、水素の発生などの不具合が起きなくなった。Mg電池の実装については、これまでMg燃料電池に取り組んだ経験がある古河電池に協力を仰いだ。だが、古河電池は従来のMg燃料電池がものにならないことを理解しており、当初は「ダメだろう」という対応だった。しかし、新Mg合金を試した結果、「これは違う」ということになった。
今後は正極、負極ともにさらに内部抵抗の低減が必要であり、電池としての耐久性も高める必要がある。古河電池と協力して取り組む予定だ。
MONOist Mg燃料電池はエネルギー問題に対してどのような意味を持つのか。
小濱氏 これまでは経済発展のために原子力発電は仕方がないことだ、というのが国全体の方針だった。このような方針の前提は、電気は貯められないものだという主張である。だが、私のMg燃料電池は、太陽エネルギーをMgの形に貯めることができる。Mgはモノだから、輸送も可能だ。送電線で長距離送電する場合と異なり、効率低下もない。
MONOist 今後の研究方針について教えてほしい。
小濱氏 これからは「燃料を作る時代」に入ったということを主張したい。化石燃料や原子力はもう50年もたない。その後は燃料物質を作るしかない。ちょうど食料を調達するために、当初は直接採取だったものが生産(農業)に変わっていったようなものだ。
燃料を作る際、太陽エネルギーを利用すれば、Mgを作り出して消費しても、元のMgに復元できる。このようなサイクルを成り立たせる研究を続ける。
どうすればMgサイクルを作り出せるのかインタビューを終えて感じたことは、小濱氏の議論が燃料電池単体だけで小さく閉じていないことだ。研究の発端が輸送機関にあったためか、一国、さらに世界のエネルギー循環をどうすれば作り上げられるかを考慮した形になっている。
同氏の構想は、欧州と中東、北アフリカの各地に分散する再生エネルギー発電所(風力、太陽熱、太陽光など)を長大な送電網で結ぶDESERTEC(デザーテック)構想と似ている。ただし、日本向けに改良を加えた形になっている。
地球上で太陽エネルギーを得やすい場所は限りないが、いずれも熱帯や乾燥地帯に位置する。欧州はこのような条件を満たす国と地中海を挟んで隣り合っており、無理のないエネルギーネットワークを形成できるだろう。
一方、日本はこのような条件を満たす国から遠く離れている。小濱氏によれば、太陽エネルギーを得やすいオーストラリアでは70km四方の土地*6)を使うだけで日本が消費する全エネルギーを得られるという。残念ながらオーストラリアと日本の直線距離は6000kmにも及び、送電は非常に難しい。
*6) オーストラリアの国土面積は2770km四方に相当する。なお、オーストラリアは世界有数の日照条件を誇る(関連記事:成功するメガソーラーの条件とは、日本商社がドイツで取り組む)。
ここで小濱氏の構想が生きてくる。オーストラリアで金属Mgを作り出し、日本に送る、さらに日本から使用済みのMgO(酸化マグネシウム)をオーストラリアに送るという物質循環であれば送電とは異なり、実現可能だ(図4)。数千km離れた地点からエネルギー源を大量に運び利用する。これはまさに中東から原油を運んで燃やしている現在の姿と重なる。
図4 Mgの物質循環 小濱氏が提案する持続可能な「Mg・Soleil」社会の概念図(一部を抜粋、全体は同氏のWebページを参照)。臨海砂漠地帯(図左)では太陽熱を利用してMgを精錬する。日本国内(図右)ではMgを受け取り、電力源、構造材料などさまざまな用途に用いる。その後、使用済みのMgを送り返す。出典:東北大学小濱研究室
小濱氏は「砂漠が燃料工場になる」と主張している。具体的にはどうやって金属Mgを作り上げるのだろうか。このような疑問にも回答を用意している。例えば、2011年10月には凹面鏡を使った金属Mg精錬技術を発表している(図5)。リニアモーターカーの走行実験に使われていた実験施設内(宮崎県日向市)に設置した凹面鏡を利用したものだ。
Mg燃料電池の性能改善とともに、低コストで金属Mgを作り上げる技術の改善が進めば、石油などの化石燃料の置き換えが進むだろう。
図5 凹面鏡を利用した太陽炉 戦艦「大和」の探照灯部品を流用した直径1.5mのパラボラ鏡である。1200℃の高温を発生し、太陽熱ピジョン法や炭素熱還元法を用いて、MgO(酸化マグネシウム)から還元Mgを得ることに成功した。出典:東北大学小濱研究室