理研、血中のがん細胞を高感度でキャッチ&リリースできるナノデバイスを開発 (発表資料)http://bit.ly/UqV0CW pic.twitter.com/DdQJsGdR
血中のがん細胞を高感度でキャッチ&リリースできるナノデバイスを開発|2012年 研究成果|独立行政法人 理化学研究所
理化学研究所(野依良治理事長)は、血液中を循環するがん細胞を高感度に捕捉し、そのがん細胞を生きたまま剥離できるナノデバイスを開発しました。転移性のがんの診断や治療後の経過観察に有効です。これは、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)Yu独立主幹研究ユニットのユ シャオファ(Yu Hsiao-hua)ユニットリーダー、ザオ ハイチャオ(Zhao Haichao)基幹研究所研究員、ロウ シーチャン(Luo Shyh-chyang)基幹研究所研究員と、米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)分子薬理学部ツェン シェンロン(Tseng Hsian-Rong)准教授との共同研究グループによる成果です。
循環腫瘍細胞(CTCs)と呼ばれるがん細胞は、がんができた場所から血液やリンパ液中を流れて体内を循環します。血中に存在するCTCsの量を正確に捕捉して検出できると、転移性のがんの経過観察や治療効果の早期判定に有効です。また、捕捉した細胞を生きたまま剥離できると、その後の詳細な解析が可能になります。これまで、UCLAの研究グループでは、直径100〜200nmのシリコンナノワイヤに、CTCsだけと結合する抗体を付けた、高感度なCTCs検出デバイスを作製しましたが、高い生存率で剥離することはできませんでした。
共同研究グループは、捕捉と剥離という異なる機能を両立させるために、UCLAのCTCs検出デバイスに、温度応答性高分子※1でできた高分子ブラシを組み込みました。その結果、ナノ構造による高い検出能、抗体に由来する高い抗原選択性、温度応答性高分子の伸縮特性を生かした温度変化による細胞の捕捉と剥離を可能にしました。実際に、健常者の血液1mlに10〜1,000個程度のCTCsを添加した疑似サンプルで評価したところ、37℃のもとではCTCsだけを70%以上捕捉し、その後4℃まで冷却すると、約90% のCTCsを生きたまま剥離できました。
今後、さらなる高感度な捕捉が実現すると、血中に極微量存在するCTCsの正確かつ詳細な診断が可能になり、進行性や転移性がんのモニタリング、治療後の経過観察に威力を発揮すると期待できます。
本研究の一部は日本学術振興会の助成を受けて行われ、この成果はドイツの科学雑誌『Advanced Materials』オンライン版(12月17日付け:日本時間12月17日)に掲載されました。
背景循環腫瘍細胞(CTCs)とは、がんが始まった場所にある原発性腫瘍から、血液やリンパ液中を流れて転移を引き起こすがん細胞です。がんではこの転移が主な死亡原因となっているため、CTCsの動向を正確に把握する必要があります。一般にがんの診断では、直接組織の一部を採取する生体組織診断が行われていますが、患者の身体的負担は少なくありません。それに比べて、血液検査だけでCTCsを検出する方法は、利便性に優れ、患者に負担が少なく、また早期発見に有用です。しかし患者の血中には、血液1mL中に血液細胞が109個存在するのに対し、CTCsは数〜十数個ほどしか存在しません。これまでに、米国Veridex社が開発した、CTCsと結合する抗体(抗EpCAM※2)を磁性粒子に固定化したセルサーチ(Cell Search®)だけがアメリカ食品医薬品局(FDA)に承認されていますが、さらなる高感度化が求められています。また、捕捉したCTCsを詳細に調べられるよう、生きたままCTCsを剥離する技術も求められています。
これまで、UCLAの研究グループでは、直径100〜200nm、長さ15〜20μm の柱が高密度に立ち並んだシリコンナノワイヤに抗EpCAMを付けた、高感度なCTCs検出デバイスを作製しましたが、高い生存率で剥離することはできませんでした。
共同研究グループは、こうした課題を解決するために、UCLAのCTCs検出デバイスをもとに、新たなナノデバイスの開発に挑みました。
研究手法と成果まず、シリコンウエハを化学処理してシリコンナノワイヤを作製しました。次に、32℃を境に高分子鎖が伸縮する温度応答性高分子(PIPAAm)でできた高分子ブラシを、シリコンナノワイヤの表面にコーティングしました(図1)。さらに、CTCsを選択的に捕捉するために、抗EpCAMを高分子ブラシに固定化しました。こうして、ナノ構造による高い検出能、抗体に由来する高い抗原選択性、温度応答性高分子の伸縮特性を生かした温度変化による細胞の捕捉と剥離を可能にしました。
実際に、ヒトの血液1mL中に10個〜1,000個のCTCsを添加した疑似サンプルで、このナノデバイスの有効性を検証しました。その結果、どの濃度条件下でもCTCsだけを選択的に検出し、70%以上という高い検出能を得ました。さらに、37℃ではPIPAAmは縮んでCTCsを捕捉する一方で、その後4℃に冷却するとPIPAAmは伸びて、ほぼ損傷せずに約90%の生存率で剥離できました(図2、図3)。細胞の捕捉と剥離という異なる機能の両立を、高い効率で達成したことになります。
今後の期待今回、温度応答性という機能を従来のデバイスに付加した結果、高いCTCs検出感度を維持したまま、捕捉した細胞を生きたまま取り出すことができました。今後、検出感度をさらに向上させると、目的のがん細胞を選択的かつより多く回収できるようになります。純度が高いサンプルから有益なデータの抽出が可能となり、進行性や転移性がんの診断に貢献できます。また、血液検査だけで診断するデバイスは、患者の身体的負担の軽減と、がん治療後の経過観察の効率化に貢献できます。
原論文情報Shuang Hou, Haichao Zhao, Libo Zhao, Qinglin Shen, Kevin S. Wei, Daniel Y. Suh, Aiko Nakao, Bin Xiong, Shyh-Chyang Luo, Hsian-Rong Tseng, Hsiao-hua Yu.“Capture and Stimulated Release of Circulating Tumor Cells on Polymer Grafted Silicon Nanostructures”.Adv. Mater 2012 doi: 10.1002/adma.201203185 (発表者)独立行政法人理化学研究所基幹研究所 Yu独立主幹研究ユニットユニットリーダー ユ シャオファ(Yu Hsiao-hua)(報道担当)独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715お問い合わせフォーム(産業利用に関するお問い合わせ)独立行政法人理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部下記URLのお問い合わせフォームからご連絡ください。URL: http://www.riken.jp/renkei/index.html ページトップ↑
< 補足説明 >
※1 温度応答性高分子 ある温度を境に、水に対する溶解性(親水性/疎水性)を変化させる刺激応答型高分子。一般的には縮んだときが疎水性、伸びたときが親水性を示す。本研究の場合、抗体を固定化したあとは、伸縮にかかわらずナノデバイスの表面は親水性を示した。 ※2 EpCAMほぼ全ての上皮細胞由来の悪性腫瘍が発現するタンパク質。
図1 シリコンナノワイヤ表面に高分子ブラシを付加した後の表面の電子顕微鏡像
図2 ナノデバイスがCTCsを捕捉/剥離する様子
上:シリコンナノワイヤ表面(灰色)に温度応答高分子(PIPAAm:青)を付加し、ビオチン(赤)とストレプトアビジン(緑)経由で抗体(抗EpCAM:黄)をつないだ。37℃ではPIPAAmは縮んでCTCs(紫)を捕捉する。その後4℃まで冷却すると、PIPAAmは伸びて生きたままCTCs(紫)は剥離された。
下:CTCsの捕捉/剥離の様子。
図3 捕捉した細胞の剥離実験結果
開発したナノデバイスにより、剥離の効率が改善しただけでなく、剥離した細胞のほとんどが生存していた。