尖閣巡る緊張、空にも拡大 中国、軍の関与じわり 自衛隊の情報、収集か :日本経済新聞
沖縄県の尖閣諸島に接近した中国国家海洋局所属の航空機(15日昼ごろ=防衛省統合幕僚監部提供)
「感覚がまひしてしまうことが怖い」。政府内からこんな声がもれるほど、中国船による尖閣諸島への接近は日常の光景になった。最近では中国機も迫ってくる。日中の対立は危険水域に近づいている。
格納庫の扉開く
クリスマスの飾りで街が華やいでいた昨年12月25日。政府内の空気が一瞬にして緊迫した。尖閣に近づいていた中国監視船がいきなり、ヘリコプターを積んでいる格納庫の扉を開いたのだ。
「何をするつもりだ」。ヘリを尖閣の上空に飛ばすのではないか。島に着陸させる気では……。政府の上層部ではこんな不安もよぎった。
結局、中国監視船からヘリは飛び立たなかった。政府はこの情報を伏せたが、尖閣の対立がもはや海上だけではなく、空にも広がったことを印象づけた。
その転機は12月13日、中国国家海洋局のプロペラ機による初の領空侵犯だ。同局は航空機を約10機、持っており、明らかになっているだけでも侵犯後、8回、中国機が尖閣に近づいている。
これは、日中対立が地理的に広がるだけですむ話ではない。
日本には海の警察である海上保安庁はあっても「空上保安庁」はない。瞬時の対応が求められる領空の警備は、すべて自衛隊が担う。多くの主要国でも領空の守りは軍の役割だ。自衛隊の戦闘機が出れば軍事衝突につながる危険は増す。
米国もこんな情勢に切迫感を強める。「尖閣に、日米安保条約が適用されると分かっているのか」。米中外交筋によると、12月13日の領空侵犯の直後、米政府は中国に緊急通告し、「かつてない強い表現で挑発をやめるよう警告した」。
日本側はいざとなれば、自衛隊機による警告射撃などの措置をとることもできる。だが、「日本から緊張を高めているとの印象を与えかねない」として、政府内には慎重論が多い。
では、中国は何をねらっているのか。「自衛隊の戦闘機をおびき出し、日本が軍事緊張をあおっていると宣伝するつもりだ」(政府高官)。こんな見方が多いが、それだけではない。
日本の当局者らが感じているのは、これまで目立った行動を控えていた中国軍の強い関与だ。
複数の関係者によると、中国海洋局の航空機が尖閣付近にやってくるとき、その後方でひそかに中国軍が情報収集機を飛ばしているのが確認されているという。
自衛隊のレーダーの死角や戦闘機が出動するのにかかる時間を調べ、記録しているようだ。海洋局の航空機は自衛隊に聴診器をあてるように、毎回、ちがった空路から接近しているという。
「中国は領空接近を通じ、自衛隊の情報を着々と蓄えている。徐々に、手の内が読まれている気がする」。日本政府の関係者はこう表情を曇らせる。中国は米軍の反応も調べているもようだ。
警備の強化必要
防衛研究所は12月19日付の「中国安全保障レポート2012」で、中国政府の海上警備部門と中国軍の協力が広がっていると分析した。
「最近、尖閣への対応では中国軍と海洋局が連携する形跡が濃くなっている。尖閣を念頭に置いたとみられる演習を共同で実施するなど、日常のオペレーションでも軍の関与が深まっている」。同研究所の増田雅之主任研究官はこう話す。
中国軍が表舞台に出てくるようなら、日本も警備を強める必要がある。いまは地上レーダーの死角を補うため、自衛隊の情報収集機を現場に振り向け、監視を広げているが、地上レーダーを増やすことも検討課題になるだろう。
そこで大切なのは、守りを固める一方で、決して日本から挑発したり、中国の挑発に乗ったりしないことだ。米国をはじめとする世界各国から支持を得て、中国に向き合う。これがいちばんの対中抑止力になる。
(編集委員 秋田浩之)