文部科学省系の独立行政法人 物質・材料研究機構(理事長:潮田 資勝) 先端的共通技術部門 高分子材料ユニット(ユニット長:一ノ瀬 泉)の分離機能材料グループの研究者らは、中核機能部門電子顕微鏡ステーションとの共同で、直径約1ナノメートルの細孔を持つ極薄の多孔性カーボン膜を開発することに成功した。…海水の無塩化は言うに及ばず、いま米国で問題化しているシェールガス抽出時の廃水浄化、バイオマスの藻からのオイル抽出、他この技術を炭素繊維使用で大量生産につなげれば、画期的な活用が出来るものです。新しき技術の理論的な実験室レベルでの開発は相当に進んでいますが、実施にあたっての大量処理/プラントレベルでは相当に具術結集が必要です。どうしても東大中心となり、他大学との軋轢もあるようですが、日本総体のことを考えて、コミュニケーション良く全国の英知を繋ぎ合わせて完成させて行くことを期待します。やはりそれらの繋ぎには優秀な官僚や政治家の力も必要でしょう。この技術は、つくばであり、多少そう云ったことには期待できるのではないかと思っています。
油浄化フィルター:従来より1000倍速く 材料研が開発 - 毎日jp(毎日新聞)
(nmはナノメートル)
不純物が混じった油を、従来の約1000倍も速くろ過できるフィルターを、物質・材料研究機構(茨城県つくば市)などの研究チームが開発した。直径1ナノメートル(ナノは10億分の1)の穴が無数に開いたカーボン膜で、ダイヤモンド状のため強度がある。27日付の米科学誌サイエンス電子版に掲載された。
ガソリンの脱硫やバイオ燃料製造の処理膜などに利用できる基礎技術となるという。フィルターは、穴が無数に開いたアルミナの基板にアセチレンガスをマイクロ波で蒸着させて作製。わずか35ナノメートルの厚みの中を極細の流路が無数に貫通している。
このフィルターを使って不純物を混入したエタノールをろ過すると、1時間に1平方メートルあたり64リットルの処理能力を確認した。市販のフィルターは同0.06リットルで、処理能力が3ケタ跳ね上がった。ただ、アルミナ基板ではフィルターの面積を大きくできず、炭素繊維シートなどによる量産化が課題という。
同機構の一ノ瀬泉・高分子材料ユニット長は「薄くて硬い高性能の膜で、米粒のすき間に水を通すように、するすると有機溶媒を通すことができる」と説明している。【安味伸一】
オイルを浄化できる超高性能ろ過フィルターを開発−ナノ細孔中の高速粘性透過を世界に先駆けて実証−
先端的共通技術部門 高分子材料ユニットの研究者らは、有機溶媒に耐性のある極薄の多孔性カーボン膜を開発し、従来のろ過フィルターと比較して、不純物の除去速度を約3桁向上させることに成功した。 <研究の背景>世界規模での水不足が深刻になるにつれて、水処理技術への期待が高まっている。日本のメーカが製造している水処理膜は、海水淡水化や廃水処理に幅広く利用されており、その性能はトップクラスであり、世界シェアも大きい。しかしながら、既存の膜にも欠点がある。例えば、膜を形成しているポリマー(高分子)は、酸やアルカリ、化学薬品の影響により、徐々に分解してしまう。また、多くの高分子膜は、高温に加熱すると軟化し、有機溶媒によっては溶解してしまう。高分子膜の内部に数ナノメートルの流路を形成する技術も、現状では十分に確立されていないのである。
耐有機溶媒性のセラミックス膜では、直径1ナノメートル程度の細孔を持つ水処理膜が製造されているが、このような膜を薄く均質に製膜するには限界があり、流束が著しく小さい。また、現状の膜では、有機溶媒を高速で透過させることができない。一方、カーボン膜は、ガスや水蒸気の分離膜として古くから研究されているが、有機溶媒の高速透過が実現できていない。その実現には、力学的強度が大きな極薄のカーボン膜に、溶媒分子よりも大きな貫通孔を形成させる必要があるが、これが従来の製膜法では非常に困難であった。
<成果の内容>今回の研究では、高強度コーティングに用いられるダイヤモンド状カーボン(DLC,diamond−like carbon)の製造方法(プラズマCVD注4)法)を応用することで、開孔径が大きなアルミナ基板の上に、厚さ35ナノメートルの高強度カーボン膜を自立膜として形成させた(図1、図2)。また、製膜過程での基板温度を制御することで、カーボン膜の内部に約1ナノメートルの複数の流路を形成させることに成功し、有機溶媒の高速透過を実現させた(図3)。
高性能ろ過フィルターの製造方法は、以下の通りである。まず、アノード酸化により形成された多孔性アルミナ膜注5)(開孔径:200ナノメートル)の上に、ナノストランド注6)と呼ばれる極細の無機ファイバーを濾過し、アルミナ膜の表面を均一に覆う。これに、アセチレンなどのガスを原料として、プラズマ蒸着によりダイヤモンド状カーボン(DLC)膜を形成させ、酸で処理することで、犠牲層として利用したナノストランド層を除去する。このような方法により、ヤング率注7)が170ギガパスカル(ダイヤモンドの約7分の1程度)の高強度カーボン膜が得られる。
カーボン膜には、直径約1ナノメートルの多数の貫通孔が形成されており、減圧ろ過によりアゾベンゼン(分子量:182.2、平均分子サイズ:0.69ナノメートル)を94.4%、プロトポルフィリン注8)(分子幅:1.47ナノメートル)を100%取り除くことができる。有機溶媒の透過速度は、ヘキサンで239L/h・m2・barとなる(図4)。また、ろ過フィルターの耐圧性は、20気圧まで確認されており、圧力に比例して透過速度が大きくなることが実証されている。
高強度カーボン膜は、10ナノメートルまで薄膜化することができる。この場合、細孔サイズは3ナノメートル程度になるが、ヘキサンの透過速度は1800L/h・m2・barを超える。これらの値は、市販の有機溶媒用のろ過フィルターと比較して約3桁大きく、世界最高性能を達成している。
<波及効果と今後の展開>今回の高性能ろ過フィルターは、有機溶媒を高速透過させる画期的なものであり、化学工業における製品(塗料、機能性ポリマー、医薬品など)の分離、触媒などが混入した有機溶媒のリサイクルなどに応用できる。オイルサンドからの原油の抽出では、既存のフィルターの耐性が低いために、オイルを含んだ排水を処理することができない。しかしながら、耐有機溶媒性のろ過フィルターでは、オイルを含む水溶液から微粒子(コロイド状の粘土など)を除去することが可能となり、水の有効利用に貢献する。また、万が一、有害物質が地表水に混入した場合にも、汚染水の一次処理注9)に利用できるであろう。一方、都市部の環境汚染の低減のために、超低硫黄ディーゼル油への要求が高まっているが、硫黄の含有量を10ppm以下にするには、水素化処理やゼオライトによる吸着処理などが行われている。今回の高性能ろ過フィルターでは、分子状の硫黄化合物(主にジメチルベンゾチオフェン)を除去できる可能性があり、クリーンな超低硫黄ディーゼル油の製造に貢献するかもしれない。
プラズマCVDによる高強度カーボン膜の製造は、広く産業界に普及している。CVD法の大面積化は容易であり、実用化の妨げにはならない。一方、高強度カーボン膜を形成するための基板には、カーボン膜と同様な耐溶媒性と力学的性質が求められる。現状では、アノード酸化により製造された多孔性アルミナ膜を基板として用いているが、大面積のろ過フィルターを製造し、それをモジュール化するには限界がある。今後は、基板として炭素繊維シートなどの最先端の素材を利用することで、高性能ろ過フィルターの量産化が実現し、さまざまな用途に利用されていくであろう。
<参考図> 図1 高性能ろ過フィルターの模式図有機溶媒(トルエン)は、35ナノメートルの薄さのカーボン膜
(DLC layer)を高速で透過するが、不純物のモデル物質
(アゾベンゼン)は、膜により阻止される。このカーボン膜は、
ナノ多孔性のダイヤモンド状カーボン(DLC)からなる。
図2 多孔性アルミナ膜の上に形成されたカーボン膜の断面の走査電子顕微鏡像 図3 トルエン分子は、高強度カーボン膜の内部に形成された極細の流路を透過する 図4 有機溶媒の粘度と透過速度の関係粘度が小さなヘキサン(No.1)は、ろ過フィルターを高速で
透過する。粘度が大きなブタノール(No.10)は、透過速度
が小さい。赤と青のラインは、異なる原料を用いて製造したカー
ボン膜における実験結果を示している。なお、図中の流束は、
基板の開孔率(50%)を考慮した値であり、実際に観察される
流束は、その半分の値になる。(流束は、0.8barの減圧下
で測定)
図中のヘキサンの流束は、382.2L/h・m2であるが、
実測値は半分の191.1L/h・m2であり、1気圧
(1.0bar)の圧力差に換算すると、239L/h・m2
・barとなる。
<用語解説> 注1) オイルサンドカナダやベネズエラなどに分布している極めて粘性の高い鉱物油分を含む砂岩のこと。埋蔵量は、通常の石油の約2倍。石油価格の高騰とともに、オイルサンドの生産量が拡大している。アメリカで使われる石油の最大の供給源は、カナダのオイルサンドとなっている。原油の抽出には、タール状を含む砂をアルカリ性の温水で処理する必要があり、大量の汚染水が生じる。現在、多くの汚染水は幾つかの処理工程を経て再利用されているが、そのコストは大きく、将来の環境破壊も懸念されている。注2) ヘキサンCH3(CH2)4CH3 で表される直鎖状アルカン。灯油のような臭いがする。灯油、ガソリンに多く含まれる。注3) アゾベンゼン赤色の有機化合物で、分子量(182.2)は、トルエンの約2倍。 注4) プラズマCVDダイヤモンド状カーボン(DLC)のコーティングは、一般にプラズマCVDによって行われる。例えば、お茶などを入れるペットボトルの内側には、プラズマCVDによってDLC被膜が形成されており、長期間の品質保持が実現している。注5) 多孔性アルミナ膜アノード酸化によって形成された多孔性アルミナ膜は、垂直な貫通孔が形成されており、ろ過性能に優れた基板となる。注6) ナノストランド銅や亜鉛、カドミウムなどの硝酸塩の希薄な水溶液にアルカリを加えることで形成される極細のナノファイバー。ナノストランドの直径は、約2ナノメートルであり、長さは数10マイクロメートルに及ぶ。その表面は、著しく正に荷電しており、水に高度に分散して存在する。フィルターでろ過すると、ナノファイバーからなる均質なシートを与える。注7) ヤング率引っ張り(または圧縮)に対する材料の剛性の程度を示す。縦弾性係数とも呼ばれ、等方性材料の場合は、下記の式で表される。[ヤング率:E] = [応力:σ] / [ひずみ:ε]注8) プロトポルフィリン一般に、プロトポルフィリン IX を指す。プロトポルフィリンの鉄錯体は、血液中の酸素の運搬に関与している。 注9) 汚染水の一次処理オイル成分を含む汚染水の処理は厄介であるが、含まれるコロイド状の物質(ナノ粒子状の粘土)を除去できると、その処理が容易になる。耐有機溶媒性のろ過フィルターでコロイド状の物質を取り除いた後は、吸着剤や膜分離法を組み合わせて、水の浄化プロセスが完成できる。 <論文名>
“Ultrafast Viscous Permeation of Organic Solvents Through Diamond-Like Carbon Nanosheets”
S. Karan, S. Samitsu, X. Peng, K. Kurashima, I. Ichinose DOI:10.1126/science.1212101
<研究内容に関すること>
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