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メモ「新・エネルギー戦略/世界の資源地図」

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(新・エネルギー戦略)(上)世界の資源地図、激動期に :日本経済新聞

 須藤繁 帝京平成大学教授

50年生まれ。中央大卒。専門は石油産業論

中心は中東から米へ シェールガスなど登場で 

<ポイント>
○イランのホルムズ海峡封鎖の可能性は低い
○シェールガスなどの非在来型の資源に注目
○湾岸産油国の体制変革にはすぐ結び付かず

 

 昨年は、年初から国内外で想定外の出来事が起こり、多くが収束しないままの状態にある。「アラブの春」と称される中東諸国の一連の民主化運動や原子力発電所の位置づけを巡る議論のことである。

 一方、将来のエネルギー情勢を変える動きも進行した。シェールガス(地中の岩盤層に含まれる新型天然ガス)開発を中心とする非在来型資源開発に加え、わが国ではメタンハイドレート(海底の天然ガス資源)の開発が視野に入ってきたことも重要だ。

 最初に足元のエネルギー情勢を考える。エネルギー安全保障のためには、供給源を多様化することが重要だ。当面、石油が1次エネルギー供給の中心となる以上、産油国との友好関係の維持やシーレーン(海上交通路)防衛への国際協力などの政策順位が高い。

 注目されるイラン情勢に関しては昨年12月14日、米下院本会議がイラン中央銀行に圧力を加える制裁条項を含む国防権限法案を可決したのを受け、オバマ大統領は12月31日、同法案に署名した。米国の目的はイランの原油収入を減らすことを通じて、イランの核開発の原資を絶つことにある。同法案の成立を受けて、年明けに欧州諸国はイラン産原油の禁輸措置に原則合意し、7月から制裁を実施する。

 本措置が発動された場合、どこが影響を受けるのか。国際エネルギー機関(IEA)の報告により、昨年1〜9月の主要国のイラン原油輸入実績をみると、数量的には中国、日本、インド、韓国、トルコが上位を占める。日米の最大の違いは、日本にとってイランが石油輸入の7%を占める取引相手であることだ。

 イランは関係国の足並みの乱れを見透かしたように、様々な揺さぶりをかける。革命防衛隊は昨年12月の10日間に及んだ演習に続き、2月にはホルムズ海峡で新たな軍事演習を計画、海峡封鎖は容易に実施可能だと強調している。

 しかし、筆者の印象は異なる。昨年1月、ホルムズ海峡をタンカーで航行する機会に恵まれたが、その際の第一印象は海峡の広さと潮流の速さであった。一番狭い海域でも33キロメートルの幅があり、出入それぞれに3.2キロメートルの航行レーンが設定されている。イラン側でコントロール不能な分子が現れるなど、偶発的な事態の勃発も危惧されるが、それでも米軍とイラン軍の軍事力の差から戦闘自体が数日以上続くとは考えにくい。

 イラン情勢はエネルギー安全保障上、軍事衝突の問題というよりも緊急時対策の発動の問題である。より具体的には石油備蓄の運用の問題だ。ホルムズ海峡の一時的封鎖・航行遮断が発生したとしても日本経済には深刻な影響はもたらされない。日本には官民合わせて205日分の石油備蓄がある。偶発的事態が起きたとしても、数日のうちに事態は沈静化するとの認識を対応の基本とすべきである。

 次に、エネルギー基本計画の見直しでは、原発の位置づけが議論の分岐点になる。生活水準が急速に上昇する地域では、今後電力需要が増える分についてはまず原発、次いで天然ガス・石炭だき発電で賄われるとみられている。

 昨年6月、ドイツは国内にある17基の原発を2022年までに閉鎖し、風力系の再生可能エネルギーを中心とした電力への転換を目指す政策を閣議決定した。イタリアでも6月の国民投票(投票率55%)で原発再開反対が95%に達し、福島の原発事故の影響を受け「脱原発」が再確認された。しかしながら、アジア諸国など新興国、米国、ロシアのほか、欧州連合(EU)でもフランスや英国などは、原発を維持するとして、現実的な対応を優先させている。

 一方日本では、野田佳彦首相は就任当初、原発の新設は現実的に困難であり、寿命がきたものは廃炉にすると発言し、縮原発路線の踏襲を明らかにした。だがその後の発言は必ずしも一貫していない。

 エネルギーは産業や国民の生活を支えており、原発に賛成か反対かの二者択一を迫る問題ではない。エネルギーの安定的な確保、地球温暖化の防止、安全性の抜本的強化など多角的な視点から決められるべき問題である。

 続いて、中長期的なエネルギー情勢に論点を移そう。ここでは近年、米国を中心にシェールガス開発への取り組みが積極化していることが重要となる。シェールガスとは、従来経済的に掘り出すことが困難とされてきた、頁岩(けつがん)の岩盤に封じ込められた非在来型資源の一つだ。

 シェールガスの登場は既存のガス供給国間の利害関係、さらには消費国との関係を微妙に変えつつある。シェールガス登場の地政学的な意義としては、米国の液化天然ガス(LNG)輸入計画の大幅廃棄に伴う国際的なLNG需給の緩和、欧州のガス輸入国の選択肢拡大、ロシアの政治力低下、中国の資源外交の変化、中東・北アフリカ産ガスへの依存度の相対的低下が挙げられる。シェールガス開発技術が今後、世界各地のシェールオイル(岩盤層に含まれる石油)開発に本格的に適用されれば、石油地政学のパラダイムは大きく変わり得る。

 この半世紀、世界的なエネルギー供給の中心は中東だった。この事実は地政学的に大きな意味を持っていたが、今やこの構図は変わろうとしている。20年までに、世界のエネルギー供給の中心はおそらく米国に移行するだろう。

 シェールガスやオイルサンド(重質油を含む砂の層)は非在来型資源と呼ばれる。米国には2兆バレルを超える非在来型ガス・石油資源、カナダには2.4兆バレル、南米には2兆バレルの非在来型資源が賦存(潜在的に存在)するとみられる。一方、中東・北アフリカ地域に賦存する在来型炭化水素資源は1.2兆バレル程度にとどまる。

 こうした非在来型資源開発を背景に、米国の復権を唱える論考が目に留まるようになった。それらによれば、非在来型資源開発に導かれた地政学の再編は既に起きており、「アラブの春」が進行する中東・北アフリカ諸国では、米国の非在来型資源開発のブームは同地域の為政者の思考に影響を与えている。シェールガス・シェールオイルの出現により石油・ガス価格の上昇圧力が緩和すれば、石油収入のばらまきで国民の不満を抑制することが難しくなりかねないと指摘されている。

 とはいえ「アラブの春」がペルシャ湾岸産油国に実際に波及した際には、バーレーンでのシーア派のデモを当局が取り締まる展開はあったが、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)、クウェート、カタールなどへの影響は総じて限定的であった。

 08年秋のリーマン・ショック直後を除きここ数年1バレル100ドル前後で推移する原油価格水準が維持される限りは、湾岸産油国内の改革派勢力と当局の均衡関係は維持されるということだ。福祉政策の終わりが、体制の変革あるいは終焉(しゅうえん)につながるというシナリオはかなり先送りされる公算が大きい。

 原油価格が大幅に下がる可能性は低いという環境の中で、湾岸協力会議(GCC)諸国が腰を据えて新しい国づくりを進める時間は十分にある。その意味で日本の協力すべき分野は広範に存在する。

 最後に、日本は従来エネルギー資源の開発・利用という点で無資源国であったが、メタンハイドレートの開発が軌道に乗ればエネルギー資源国に変わり得る。高知・和歌山沖に日本の天然ガス消費量の96年分にも上るメタンハイドレートが賦存しているとの説もある。12年から石油天然ガス・金属鉱物資源機構が減圧法による試験回収に着手するとされ、同計画の成果に大きな期待が寄せられている。

 日本のエネルギー基本計画を巡る議論については、6月ごろに結論が出される。重要なのはムード先行の議論に陥ることなく、エネルギー安全保障の要諦をわきまえつつ、世界の資源地図が大きく変化しつつあることへの対応をおろそかにしないことである。


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