「見える需要」節電へ誘導(エネルギーを拓く) :日本経済新聞
スマートグリッドの時代(1) 電力地産地消、効率化探るIT(情報技術)を駆使して電力需給を効率的に制御するスマートグリッド(次世代送電網)。鍵となるのは、地域全体の発電量と総需要を「見える化」し、電気ユーザーに行動変化を促す電力管理インフラだ。太陽光など出力の変動が激しい自然エネルギーを使ったシステムを安定制御するための切り札にもなる。まだ実証実験段階だが、既存の発送電の枠組みに風穴を空ける可能性も秘める。
真夏の午後2時。電力需要のピークに合わせA事業所のモニターには午前中より割高な電気料金が表示された。すると空調機器が設定温度を自動的に1度上げる一方、蓄電池が放電を始めた――。
■北九州で実験
これは遠い未来の話ではない。北九州市八幡東区の東田地区で2012年度から本格化する同市のスマートグリッド実証実験で想定される一コマだ。東田地区は1901年創業の官営八幡製鉄所の跡地。製鉄をはじめ重化学工業で日本の近代化に貢献した北九州が、「脱・重厚長大」のエネルギーインフラを打ち立てようとしている。
スマートグリッドは既存の電力システムを塗り替える2つの潜在力を持つ。1つは「需要家一人ひとりが自律的に行動し、地域送電網の運用に携わっていくこと」(同市スマートコミュニティ担当の柴田泰平課長)だ。
通信インフラを駆使して需給を最適にコントロール(CEMSの設備、北九州市)
東田地区での実証実験では、3万2千キロワットのガス発電や大規模太陽光発電所(メガソーラー)などと230世帯、70事業者を送電網で結ぶ。中央には需給状況を統合管理する「CEMS(地域エネルギー管理システム)」を配置。住宅などにはスマートメーター(次世代電力計)を取り付け、電力需給を「見える化」する。
さらに、33の住宅やビルには通信機能を備え、CEMSから需給情報を受信。冷暖房の温度や家電のスイッチなどを自動制御する。電力料金は1キロワット時7〜30円で、年度初め、前日夕、当日朝、数時間ごとの4段階で変わる。「料金に応じて需要家に賢い使い方を促し、需要家の行動が無駄のないエネルギー社会をつくる」。北九州市の狙いは明確だ。
もう1つ、スマートグリッドは「大規模発送電網を前提とした既存の電力システムに風穴を空ける可能性がある」(富士通総研の高橋洋主任研究員)。
■九電は参加せず
国の特区に指定されている東田地区に7年前からすべての電力を供給しているのは独立系発電事業者(IPP)の顔も持つ新日本製鉄。子会社の東田コジェネは現在、59社に2万4千キロワットの電力を供給、スマートグリッドでも主要電源となる。
見逃せないのは、特区とはいえ、九州電力の発送電網から切り離された独立型のエネルギーネットワークという点だ。
実験には北九州市と、新日鉄、富士電機、日本IBMなどの民間企業が参加するが、九州電力は関与していない。九電は同実験を静観する構えだ。
スマートグリッドは地域の基幹電源を担うIPPと自治体、需要家が通信ネットワークを通じて電力需給の最適化をめざす。発送電は地域に根ざしており、これまでのように大規模需要に対応した大量発送電設備は不要になる。電力の「地産地消」になり、送電時の電力ロスも少ない。スマートグリッドの実験前でも、東田地区の電気料金は九電に比べて数%安い。
「通信サーバーは十分機能するか」「大型蓄電池とメーターとの接続は大丈夫か」――。東田地区では現在、官民を挙げて稼働に向けた最終調整に入っている。スマートメーターの設置工事も着々と進む。
これまで電力という公共インフラは、限られた電力会社が握り、需要拡大に伴って大規模な設備増強を進めてきた。しかし、福島第1原発事故を受け、基幹電源となるはずだった原子力発電所の増設は望めない。発送電システムそのものの見直しを迫られるなか、スマートグリッドが変革の波頭になろうとしている。
スマートグリッドの時代(2) 既存電力と“共存”実験宮古島空港(沖縄県)から車でサトウキビ畑や集落を縫うように走ること20分。海を望む断崖絶壁の上に、2万1000枚余りの太陽光発電パネルを敷き詰めた出力3000キロワットの大規模太陽光発電所(メガソーラー)と2基の風力発電設備が目に飛び込んでくる。
沖縄電力が取り組むマイクログリッド(小規模分散型電源)システムの実証実験エリア。最大出力は、2万4000世帯の宮古島で沖縄電が持つディーゼル発電などの総発電能力の30%に相当する。多良間島など同県内の他の3島でも同様の実験が進む。
沖縄電力は再生エネルギーの制御システム確立を狙う(沖縄県宮古島の実験設備)
■出力変動抑える
原子力発電所事故や地球温暖化を背景に、環境負荷の小さい代替電源として再生可能エネルギーが注目を集めている。ただ、日照に左右される太陽光発電は実証実験エリアでも「出力が最大規模の3000キロワットから50キロワットまで変動する暴れん坊」(沖縄電)。風力発電も風任せだ。
「これが出力変動を抑える切り札」。沖縄電の渡久地政快・研究開発部副長がメガソーラーの横の建物で示したのは大容量の次世代電池、ナトリウム硫黄電池だ。出力は4000キロワット。別の建物内にも高速の充放電が可能な次世代蓄電装置のリチウムイオンキャパシタが並ぶ。
沖縄電はこの実証実験で、発電量が需要を下回った場合、蓄電装置によってどの程度のスピードで不足分を補えるか、どれくらいの蓄電容量が必要かといったデータを収集。日照や気温、風力、時間帯など多岐にわたる変動要因を組み合わせながら蓄積・分析しており、「マイクログリッドの実用化に向けた財産になる」(渡久地副長)。
■データは宝の山
離島でマイクログリッドに力を入れるのは、宮古島や石垣島などでの発電電力量1キロワット時当たりの発電コストが沖縄本島の1.7倍と高いためだ。離島の主要電源は重油などが燃料のディーゼル発電機で、「燃料輸送費だけでも負担が重い」(沖縄電)。石油価格の一層の高騰も懸念されるなか、太陽光や風力を増やせば収益の安定につながる。
もう一つの課題が、太陽光や風力による電力の周波数が既存の電力系統とわずかに違うこと。再生可能エネルギーによる発電が大規模になるほど、合致させる制御技術は難しくなる。沖縄電は宮古島での実証実験で、再生可能エネルギーが系統送電網に与える影響や制御技術も研究中。資源エネルギー庁によると、この実証実験は国内最大規模という。
2012年度から再生可能エネルギーの全量買い取りが電力会社に義務付けられると、電力会社の系統に、周波数が違い出力も大きく変動する電気が大量に流入するのは必至。電力ネットワークのかじ取りが難しくなる中で「沖縄電の収集データは付加価値が高く、制御技術確立などへの効果は大きい」(エネ庁電力基盤整備課)。他の電力会社も「実証実験のデータは宝の山」と熱い視線を注ぐ。
宮古島での実証実験は2013年度まで続く。九州電力も鹿児島県の6島で実証実験を進めている。再生可能エネルギーと“共存”できる沖縄・九州発の電力システムは日本の電力会社の旗頭になろうとしている。