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真珠の小箱(173) 「古希 作家 70代デビュー 次々/藤崎和男・多紀ヒカル・黒田夏子」

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古希の新人湧き出る文学 作家「70代デビュー」次々 :日本経済新聞

 「グッバイ、こおろぎ君。」群像新人文学賞優秀作の藤崎和男氏。「神様のラーメン」の氏。早稲田文学新人賞は黒田夏子氏。

多紀氏(左)は編集者の校條氏とトークショーなどを開いている

 70歳を過ぎて作家としてデビューする人が相次いで登場している。小説の新人賞を受賞したり、いきなり単行本を刊行したりと元気だ。年齢を感じさせない斬新な作風に注目が集まる。

 「74歳で小説の新人賞なんてみっともないと笑われそうだが、70過ぎるまで書けなかったんですよ」と話すのは、初めて書いた小説「グッバイ、こおろぎ君。」が群像新人文学賞の優秀作に選ばれた藤崎和男氏。同作は団地で一人暮らしをしている60過ぎの男性と、部屋に迷い込んできた1匹のコオロギの交友を描いた中編小説。ユーモラスな語り口で、生きて死ぬことの哀歓を感じさせる作品だ。

藤崎氏の作品は群像新人文学賞の優秀作に

 藤崎氏が小説を書き始めたきっかけは、60歳で仕事をやめた後、病気で3年ほど寝たきりになったこと。本も読めず、空想だけが唯一の楽しみだったという。「好きな小説を映画化したらどんな感じだろうとか考えていた」。それが創作意欲を呼び起こし、病気が治ると創作を始めた。

 選考委員の阿部和重氏が「物語内容と表現形式の両面で、律義さというものを浮き彫りにしている」と推した一方で、「自分史のようで平凡」などと辛口の評価もあった作品。だが藤崎氏は「この年で批判を受けるのはむしろありがたい。長いこと社会で生きていると、本当に傷つく言葉を投げつけられることもある。それに比べたら」とひょうひょうとしている。

 受賞作は7月に講談社から単行本化される。「『次回作は?』と編集者に言われて、『まだ2、3作は考えています』と虚勢を張ってしまった。こうなったらもう逃げるわけにはいかないですね」

黒田氏は早稲田文学新人賞を受賞

73歳の「青年作家」

 「73歳の『青年作家』」という触れ込みで書店に単行本が並んでいるのが多紀ヒカル氏だ。初めて書いた短編集「神様のラーメン」(左右社)は料理をテーマにしたナンセンス小説を6作品収める。はちゃめちゃな物語の展開で読者の予想を裏切る作風。「年をとると自分の人生を書こうとする人が多い。でもそれではつまらない。人を面白がらせるものを書きたかった」

 元は化学品会社のビジネスマンで海外を飛び回った。退職後、小説を書こうと一念発起し、創作教室に通い始めた。奇抜な着想が、講師を務める「小説新潮」の元編集長、校(めん)條(じょう)剛氏の目にとまった。「多紀さんにはアイデアと、それを発展させる力がある」と校條氏。マンツーマンで指導をし、いきなり単行本デビューとなった。

 各紙誌の書評欄にも取り上げられ、書店でトークショーを開いたりもしている。ジムで体を鍛えながら、毎晩深夜の2、3時まで執筆する多忙な日々だ。

 今年の早稲田文学新人賞は黒田夏子氏(75)が受賞した。選考委員の蓮實重彦氏が「新人賞の当選作という以上の力量が込められている」とたたえた受賞作「abさんご」は、7月末に出る「早稲田文学」に掲載される。

 ある家族の歴史が描かれるが、出来事をはっきりとは記さない暗示的な叙述で、謎めいた雰囲気の作品。横書きで、文章がほとんどひらがなであるなどスタイルも特異だ。

厚い読書体験映す

 「『小説とはこういうもの』という慣習に乗らず、自分の気の済むまで手を入れたら、こんな作品になった」と黒田氏。黒田氏は20代のころから小説を書き始め、400字詰め原稿用紙で1000枚を超える長編も手がけている。だが一部を同人誌などに発表したほかは、一人で営々と書き続けてきた。「この年になり、自分の手元以外にも作品を残し、読者に出合う可能性を作りたいと思って新人賞に応募した」

 70代は活字に親しんだ世代で、戦後に数多く翻訳紹介された海外の現代文学に触れている。藤崎氏はフォークナーやオーウェルを、多紀氏はボルヘスやカフカを、黒田氏はプルーストやジュネなどを愛読してきたという。「豊富な人生経験」だけではなく、厚い読書体験が創作の源泉となっているようだ。

(文化部 干場達矢)


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