ぼんやり分っているつもりが、やはりそうかと思い起こさせる文章です。今まではある種の経済鎖国の状態も巧妙に形作られていたということです。今までは、米国の要請で無理矢理、臥薪嘗胆の念で、耐え忍びながら実行して来た事柄が、ある意味幸いして来ています。これからは、米国の要請という形ではなく、世界に視点を向けた経済活動を心がけて実行して行かないと、世界のガラパゴスとして、置き去りにされてしまうでしょう。…今までいいことであったことを「死守すること」は、大きな流れの中で見直さねばならないのです!
「日本企業が民間向けの小型ジェット機を開発したそうだね。どれくらい売れるのかな」。ニュースを見た所長のつぶやきに、探偵の深津明日香が反応した。「日本人は国内メーカー好きだし、人気が出そうですね。調べてみましょう」
■国内の需要は中印以下
小型機「ホンダジェット」を開発したのは自動車大手のホンダ。乗客が5人程度で価格は450万ドル(約3億6000万円)。年内にも量産を始めるという。明日香は早速、国内販売の計画を問い合わせた。
返事は意外だった。「まず米国や欧州で販売しますが、日本での予定はありません」(広報)。驚く明日香が尋ねると「市場が小さいからです」との答え。
「どういうこと?」。明日香は航空業界の調査を手掛けるコンサルティング会社、イーソリューションズ(東京都港区)の杉原潤一さん(29)を訪ねた。「ホンダジェットのような小型機は企業が自家用機として使います。ビジネスジェットといいますが、日本では一般的ではありません」
杉原さんが見せてくれた資料によると、世界各国のビジネスジェットの保有機数(2009年時点)は、米国が約1万8千機、欧州諸国がそれぞれ数百機。日本は55機と中国やインドより少ない。「こんなに少ないの。なぜかしら」と疑問をぶつけてみた。
「日本の空港は航空会社の定期路線を中心に運営してきたからです」と杉原さん。海外では大都市近くに小型機専用空港があることも多い。専用のターミナルを備え、乗り降りや出入国手続きがスムーズにできる。日本では受け入れ態勢が整った空港はまだ少ない。
さらに調べようと国土交通省に向かった。「国の厳しい規制も普及しなかった原因の一つ」と航空局の平嶋隆司さん(44)。海外では一般にビジネスジェットは定期路線の航空機より規制が緩い。日本では頻繁な機体検査や割高な保険への加入などが義務付けられ、機体の管理・運用コストが米国の2.5倍にのぼるとの試算もある。年内にも米国並みに規制を緩める方針を打ち出したいという。
事務所に戻って調査資料をまとめていると、所長から声がかかった。「日本は国土が狭いし、新幹線など交通機関も充実している。本当に必要なのかな」
明日香は航空業界に詳しい早稲田大学教授の戸崎肇さん(48)に意見を求めた。「活用は国の競争力にも関わる問題です」
台湾のある有力メーカートップも、世界中で商談をまとめ上げるためビジネスジェットを使っている。国内空港が利用しづらいとなれば来日頻度が減り、「日本飛ばし」の原因にもなりかねない。トップがすぐに重要な会談に駆けつけられないのでは、事業拡大のチャンスを失うとの指摘だ。
実際、ある国内企業は「中国出張中の社長が急きょ小型機を借りて北欧での顧客との会談に臨み、その後の追加受注につなげた」と証言する。ただ「お金持ちのぜいたく品」と見られがちな日本では、企業イメージに気を使い利用を公にしづらい事情がある。
■市場拡大へ規制緩和急務
「地方空港の活性化策としてもビジネスジェットの活用策は有望です」。戸崎さんが指摘した。国内空港は、頼みの定期路線が減り経営が厳しい。格安航空会社(LCC)の誘致も増えており、国内外企業の移動拠点として活用してもらうことも一案だという。
明日香は神戸空港に向かった。06年の開港当初からビジネスジェットを受け入れている。関西国際空港と大阪国際空港(伊丹)の一体運営の中で独自色を打ち出す狙い。「医療分野などで海外企業誘致を進めており、経営幹部が訪れやすいのはPR材料」(神戸市の担当者)。
次に岡山県の岡南飛行場を拠点にビジネスジェット機管理・運航受託などを手掛けるジャプコン(岡山市)を訪ねた。「ここで機体を預かって整備し、お客さんが乗り込む空港まで飛ばして届けるのです」と社長の寺岡伸二さん(44)。年々受注が増え、今では12機を預かっているという。
「ビジネスジェットが一般的に普及するには少し時間がかかると思います」と寺岡さん。日本では海外市場に比べて機体の管理・運航会社などが育っておらず、その振興育成も合わせて考えるべきだと話す。
「規制が緩和されて市場が広がれば経済も活気づくわね」と明日香。事務所に遊びに来ていた、何でもコンサルタントの垣根払太が「厳しい規制がビジネスの壁になっている例はほかにもあるよ」と指摘した。
例えば再生医療。経済産業省によると国内で承認された再生医療製品は今年5月末まで1品目のみで欧州(20品目)や米国(9品目)に後れを取る。基礎研究では日本は世界のトップ水準だが、医薬品並みの治験や審査が必要で実用化には10年程度かかる。政府は治験手続きの簡略化を検討し始めているという。
1人乗りロボットも道路交通法上の位置付けが曖昧で、公道実験は茨城県つくば市の「モビリティロボット実験特区」に限られる。日立製作所などが実験中だ。特区でも「幅3メートル以上の歩道でしか実験できない」(つくば市担当者)など細かい制限が残っているという。「安全は大切だけど産業の可能性を引き出す観点も忘れないでほしいわ」。明日香はつぶやいた。
「うちもビジネスジェットで世界に調査範囲を広げよう」。所長の思いつきに、明日香はため息をついた。「タクシー代も経費で落ちないのに。無理です」
<変化する空港の役割 地方空港、求められる独自策>
岡南飛行場は、小型機専用の飛行場として再スタートした(岡山市)
国土交通省によれば、国内空港は現在98カ所あるが、第2次世界大戦終了時には2倍弱の174カ所飛行場があった。
その9割は軍用で、連合国軍により大半が農耕地や塩田として開放された。だが一部は本国との輸送などのため連合国軍が接収、現在ある空港の源流となっている。代表例が羽田空港。連合国軍は1945年12月に羽田島の住民を強制退去させ、滑走路を2本持つ大型施設に拡張した。
接収施設が日本側に返還されたのは50年代。その後に日本は高度成長期を迎え、各地に次々と新しい空港が建設される。バブル崩壊後も「地域振興」を掛け声に空港は増え続け、最近では茨城空港や静岡空港の開港が話題となった。
役割を変える空港もある。岡山市の岡南飛行場は元は「岡山空港」という名称で定期路線も飛んでいた。新しい岡山空港が近隣に完成し、改称して小型機特化型として再スタートを切った。
地方空港は乱立して利用低迷に苦しむ一方、首都圏では空港新設が難しく混雑が解消できない状況に陥っている。地方空港は国や航空会社の動きを待つだけではなく、独自策を打ち出していくことが求められる。
(畠山周平)