ノーベル賞の素材『グラフェン』:画像ギャラリー « WIRED.jp Archives
2010年のノーベル物理学賞は、炭素素材グラフェンの分離に成功したチームに決まった。これまで知られている中で最も強くて軽く導電性も高い、幅広い用途への応用が始まっているこの素材について紹介する。
2010年のノーベル物理学賞は、炭素素材グラフェンの分離に成功したチームに決まった。
グラフェンの存在は、1947年に理論物理学者のPhilip Russell Wallace氏によって予言されていたが、発見に向けた研究が本格化したのは1960年代に入ってからのことだ。しかし40年後には、単層のグラフェンを分離することは事実上、不可能だとされた。炭素原子が六角形に並んだ層の重なりは、バッキーボールやナノチューブのような丸まった形状をとらないと、層が崩壊してしまうと考えられたのだ。
しかし、今回ノーベル賞を受賞したAndre Geim氏とKonstantin Novoselov氏はあきらめず、ついには、どこのオフィスにもあるような2つの物品を使って、単層のグラフェンを分離する方法を発見した。その2つとは、セロハンテープとグラファイト(黒鉛。鉛筆の芯に使われる素材)だ。
[グラファイトは層状構造を取っており,そのうちの1枚の層がグラフェンと呼ばれる。六角形の網目状に結合した炭素原子のみからなり,厚みは炭素原子1個分しかない。Geim氏らはセロハンテープにグラファイトの薄片を貼り付け、テープの粘着面で薄片を挟むように折り、再びテープを引き剥がすことを繰り返すことによって薄片を剥がしていくことで、グラフェンを得た]
丈夫で導電性が高く、幅広い用途への応用が期待されているこの素材について、画像ギャラリーで紹介する。
ノーベル物理学賞をもたらした炭素素材
グラフェンは、極薄のシート状の構造であるにもかかわらず、これまで知られている中で最も強く、軽く、導電性の高い素材の1つだ。
画像は、30層分のグラフェンシートを、幅10ミクロンで切り出したもの(右上の部分)。
存在証明
Geim氏とNovoselov氏は2004年、セロハンテープを用いてグラファイトからグラフェンを分離することに成功したことを、目に見える形で証明するため、グラフェンの薄片を剥がして、二酸化ケイ素の表面に貼り付けた。
油が水面では虹色になって見えるのと同じように、グラフェンを二酸化ケイ素と組み合わせると、グラフェンの薄片の姿を電子顕微鏡で捉えられるようになった。
グラフェンの導電性の高さは、電気をよく通すなどというレベルではない。グラフェンの炭素原子の周りを回っている電子は、驚くほど移動度が高く、電子というよりも、質量ゼロの光の粒子である光子に近い振る舞いをする。
この性質により、グラフェンを高性能トランジスターとして応用することが可能だ。グラフェン・トランジスターは、シリコンを用いたトランジスターの100〜1000倍の動作速度が得られるとされる。[シリコンは3次元素材だが、グラフェンは2次元素材であるため、グラフェン中の電子は、一種の自由状態で移動する(PDF)]
ただ問題なのは、グラフェンの電子の移動度が少々高すぎることだ。グラフェン・トランジスターのオンとオフ状態を分けるしきい値は非常に低く、「オフ」状態であっても電気を通してしまう。そこでスタンフォード大学のHongjie Dai氏のような研究者たちは、グラフェンをシート状ではなく、ミクロン単位の幅の狭いリボン状にすることで、しきい値を1万倍以上高めた。
HRL Laboratories(米Boeing社と米General Motors社が所有する研究開発機関)は2008年12月、グラフェンを用いて、実際に機能する世界初の無線周波数(RF)トランジスターの開発に成功した。
RF電界効果トランジスターと呼ばれるこの小さなデバイスは、電力をごくわずかしか使わずに動作することが可能だ。
[Novoselov氏が2008年4月に発表した、「原子1個分の薄さ」のグラフェン・トランジスターについての日本語版記事はこちら]
グラフェンは、超高速トランジスタのほかにも、さまざまな応用が研究されている。ライス大学のチームは2008年に、密度が高く損失の少ないデータ保存メモリを開発した。
テキサス州のGraphene Energy社は、グラフェンを利用した新しいウルトラキャパシタの開発を行なっている。「ナノチューブ・インク」を利用した「着用可能な布製バッテリー」の開発も、グラフェンの利用を検討している(日本語版記事)。
ケンブリッジ大学の研究者は、グラフェンを使って光を制御する技術を研究している。次世代の光素子や超高速レーザー、太陽発電やLED、タッチスクリーン等に応用できる可能性がある。
プラチナやイリジウムといった高価な素材を、(より安価で効率的に)置き換える可能性も高い。
グラフェンを白金表面上で極小の「泡」のような形状にすると、グラフェンシートの電子が、研究室ではこれまで発生したことのないレベルの強い磁場をかけられたかのように振る舞う。しかし実際には磁場は存在せず、ゆえにこの効果は、擬似磁場と呼ばれている。
[2010年7月に発表された研究。これにより、グラフェンの電気的特性は、ひずみを形成させることで制御可能であることが示された]
グラフェンは2次元構造であり、電子はほとんど抵抗なく移動できるため、事実上質量の無い粒子として振る舞う。このことでグラフェンは、素粒子研究にとっても非常に重要なものとなっている。[グラフェンは原子スケールで奇妙な性質を示すことから、相対論的量子物理学でしか説明できない物理現象を、グラフェンを使って調べられる可能性がでてきた。これまで天体物理学か素粒子物理学の独壇場にあった研究が、グラフェンの発見によって、相対論的量子力学に基づく予測を実験室の卓上装置で検証できるかもしれないとされている]
{この翻訳には、別の英文記事の内容も統合しています}
Image: Lawrence Berkeley National Laboratory
[日本語版:ガリレオ-高橋朋子/合原弘子]