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攻防:ヒロシ・ミキタニが語る。 楽天 Kobo は、いったい誰と戦うのか? « WIRED.jp
【雑誌『WIRED』VOL. 4より〜Kobo日本発売に合わせて、本誌に掲載された三木谷浩史へのインタヴュー記事を全文公開!】 2012年、日本の「電子書籍」がついに動くという。Amazon Kindleがローンチするほか、出版業界の動きも慌ただしい。加えてKoboだ。楽天が電撃的に買収を果たし、「Rakuten」の名を世界中に知らしめたカナダ発のeBookプラットフォーム。電子書籍をめぐるグローバルな攻防戦に名乗りを上げた日本企業のCEOに、その戦略、勝算、そして理念を訊いた。
「Rakuten?」が注目されるまで楽天の攻勢が凄まじい。2010年に米国の「Buy.com」とフランスの「PriceMinister」を、次いで11年にはドイツの「Tradoria」やイギリスの「Play.com」を買収し、eコマース事業では、10のグループ企業を通じて世界14の国・地域に急拡大し、Amazonと拮抗しうるグローバルプレイヤーとして名乗りを上げた格好となった。12年1月にはカナダを本拠とするeBook事業者「Kobo」を買収したことでも注目を集めた。日本においてすでに安定的な地位を誇る「楽天」だが、海外においてはそうではない。「Rakuten?」。突然グローバルフィールドに参入した、極東の一企業に対して欧米メディアは興味津々だ。
12年の3月末には、UK版『WIRED』編集長デイヴィッド・ローワンが直々に来日し、3日間取材を行った。三木谷浩史社長を含む役員にインタヴューを敢行し、社長が駆けつけたプロ野球、東北楽天イーグルスのオープニングゲームにも同行するといった徹底ぶりだった。夏にかけてのどこかで6〜8ページほどの特集になる予定だという。
考えてみれば、日本の新しい企業がこうしたかたちで欧米メディアの注目を集める状況を久しく見なかったような気がする。せいぜい「UNIQLO」が世界の耳目を集めたくらいで、あとはおなじみの自動車メーカーや家電メーカーが、たいていは不祥事をもって注目されるのが関の山だった。そもそもインターネットが普及してこのかた、この分野で国際的に動向が取りざたされる日本企業なんてあったっけか。
英国の『Guardian』は今年2月のコラムで、ソニーに代表される日本の世界的エレクトロニクス企業がなぜあっさりとLGエレクトロニクスやサムスンといった韓国企業にトップの座を奪われるにいたったかを論じ、「Galapagosization」という語を用いながら、それを打破する新勢力として「Rakuten」を紹介した。日本に取材にやってきたUK版『WIRED』編集長も、「日本企業についての話題は、最近ヨーロッパのメディアじゃほとんど聞かないよね。実際誰も気にしてない感じだからね。Rakutenはそういう意味では、グローバルなコミュニティに飛び込んできた新しい企業だから、彼らが何をしようとしているのかみんなとても興味をもってるよ」と語る。何が悲しいって、「Rakuten」が取りざたされるまで、この国のたこつぼ状態を海外メディアは気にすらしていなかったということだ。ローワン編集長もRakutenの取材を通じて、ようやく日本の停滞ぶりを実感したようで、帰国間際「日本に来て新しい英単語を2つ覚えた」と嬉しそうに語っていた。「Galapagosization」と「Englishnization」の2つである。
「そうはいっても、わたしたちが悲観するほど日本が孤立しているわけではないと思うんです」。三木谷社長は日本版の取材に対してそう語る。
「日本に対する待望感、期待が大きいことは、いまでも肌身で感じますよ。信頼感も根強いものがあります。ただ『どうしちゃったの?』という感じは少なからずありますね。結局、日本企業はちゃんといまのグローバルコミュニティに入っていないんですよ。韓国企業は入っています。ですから、まずは楽天がグローバル展開していくことで、日本企業にも『オレらもやれるじゃん』と思ってもらえたらいいと思っています。まだまだ日本企業は取り返せますよ」
主に「Kobo」をめぐる話を聞くための取材だったが、ことが「電子書籍」の話では終わらないのは、それがそもそも国内の業界話ではないからだ。多くの日本人が誤解しているかもしれないのは、まずここだ。
Koboの買収は、これから勃興する(であろう)日本国内の電子書籍市場にのみ狙いを定めた話ではない。国内市場で電子書籍を販売するためにKoboと業務提携をした、というのとは話の次元が根本的に違うのだ。
楽天が全世界100カ国以上でサーヴィスを展開する事業者を手中にしたということは、彼らがAmazonと世界中で全面戦争を戦うことになるという意味であって、それは同時に日本市場での覇権争いは局地戦にすぎないことを意味する。日本におけるKoboの成功/不成功は、グローバルビジネスとして見たら必ずしも生死を決する一大事ではないはずだ。日本市場のために3億1,500万ドルの買い物は、どう考えても見合わない。
それでも三木谷が日本市場に注力するのだとすれば、それは彼が日本人として、日本という国に期待を抱いているからにほかならない。
「Koboは2009年にサーヴィスを開始しましたが、始めたときから多言語化を推進してきたんです。フランスでは書籍・CD・家電販売店FNACと、英国では大手書店W.H.Smithとパートナー契約を結んで各国の電子書籍マーケットを開拓してきましたが、これは楽天市場のビジネスにも近いやり方です。オープンなプラットフォームにすることで、現在までに英語、フランス語のほか、オランダ語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語のコンテンツを扱うにいたっていて、今後もアジア、南米とどんどん広がっていく予定です。そのアジリティは素晴らしいものですよ」
KoboのサーヴィスがAmazonと際立って違っているのは、世界中の誰もが単一のストアからすべての本にアクセスできる点だ。それを実現すべく、Koboは版権の取り扱いに関して全世界発売/全英語圏発売を前提としたビジネスモデルを構築してきたが、これは各国でそれぞれの国の「ストア」を立ち上げてきたAmazonとは逆だ。いずれ日本人のぼくらが買えることになるだろうKindleは、自動的にAmazon.co.jpに関連づけられることになるはずで、当然のことながら、それはUSやUKのストアとは異なった商品構成となる。ここではリージョン、あるいはテリトリーという壁が、高く立ちはだかっている(Koboは自社デヴァイスを発売しているが、家電量販店で買うことができ、デヴァイスを買わずともアプリを通じてパソコン、スマートフォン、タブレットでも同じ本を読むことができるなど、さまざまな位相でオープンな戦略をとっている)。
「次なるガラパゴスをつくってはいけない」と三木谷はインタヴュー中、繰り返し語る。Koboというオープンなプラットフォームを手にしたいま、その言葉は新しい可能性を伴って響く。
「Koboと出合った瞬間、新しいイマジネーションがどんどん湧いてきましたね。例えば漫画。世界中で日本の漫画を読みたい人はたくさんいるわけです。フランスのFNACなんかに行くと、レジ横のいちばんいいところに『神の雫』が置いてあるんです。フランス人が日本のワイン漫画を読むか、と感慨深いわけですが(笑)、Koboであればリージョンを越えて売買することが可能になりますから、読者の裾野が世界的に広がることになるんですね。これは大きいですよ」
日本に暮らし、日本語の読み物しか消費しない読者にとってこうしたことはさしたる進歩には思えないかもしれない。出版社にしたって、日本語の本をグローバルなプラットフォームに乗せたところで、どれだけ市場の広がりを望めるのか懐疑的になりもするだろう。しかし、グローバルで物流コストのかからないプラットフォーム上でビジネスができるということは、商品開発の可能性が飛躍的に広がることを意味してはいないのだろうか。
日本国内では数百人の読者しかいないニッチな商品だって、全世界を相手にすればその規模を数千、あるいは数万にすることだってできるかもしれない。そもそも、eBookならば印刷部数は考えなくてもいいのだから、新しい商品開発のハードルはかつてと比較にならないほど下がっているはずだ。日本人が英語やフランス語の本をつくってはいけないという理由もない。電子書籍をめぐる議論は絶えず「国内にあるコンテンツをどう国内で消費するか」をめぐって語られるが、eBookの可能性は、本当にそれだけなのだろうか。
「日本の出版社も、国内でしか流通しないフォーマットではなく、EPUB3といった世界標準となっていくだろう規格に沿って電子書籍の開発をしていくべきだと思うんです。そうすることで世界で同時に発売できるようになるんですから。縮小していく市場を独自規格で囲い込んで輸出できないものをつくっても、ビジネスとしてサステイナブルなものにはなりませんよ」
グローバルなプラットフォームに乗ることに少なからぬリスクがあったにせよ、リターンとしてグローバルなマーケットへのアクセスが可能になるのだ。そのメリットを前向きに考えようという企業が果たしてどの程度あるだろうか。グローバルに売れるものがないというなら新しくつくればいいじゃないか。三木谷の言葉にはそんな問いかけもが含まれている。
「インターネット登場の前と後とではすべてのことが変わっています。行政も、教育も、医療も、すべての領域でいままでのやり方、考え方が変わっています。自動車業界だって『カーシェア』なんて考えが出てきてクルマの所有という概念が変わり始めた以上、関係ないなんて言ってられませんよね。そういったことに対する感覚のない経営者が経営している会社は、これからどんどん厳しい状況に追い込まれると思いますよ」
楽天が2年前に敢行した社内における英語の公用語化(Englishnization)は、当時多くの冷笑や失笑をもって迎えられたと記憶する。しかし、ここに来てその英断の意義は明らかになっている。楽天のエンジニアリング部門のトップ6人のうち3人は外国人だというが、全社的に英語化を徹底したおかげで楽天サイドとKoboサイドのコミュニケーションは極めて円滑だという。新設される米国本社、欧州本社、アジア本社のトップには日本人が就くことになるというが、そのうち2人は2年前までは英語が得意ではなかったそうだ。
「やればできるんですよ。たかが語学の問題じゃないですか。誰にもできるんです。そのことを証明したいんですよ。実際にやってみてですか? いやあ、いいですね。何がいいって、英語を公用語にしたおかげで国内と海外って線引きが社内からなくなったことですよ。これは重大な成果だと思いますね。いずれにせよ、これをしなかったらAmazonやGoogleと世界を舞台に互角に戦うなんてできませんよ。何も国際ルールに迎合しようって話じゃないんです。日本にいいものがあれば、それがコンテンツであれ、経営スタイルであれ、国際的な土俵で世界にちゃんと伝えていくということなんです」
世界のeBook市場においてKoboはAmazonの唯一のコンペティターになるだろうと言われている。英国、フランスではすでにAmazonと市場をニ分するほどまでの勢力になりつつある。日本では果たしてどうだろうか。Amazonとの本格的な一騎打ちはどうやら来年以降にもち越しとなりそうだが、Amazon云々以前に、Koboがその真価を十全に発揮するためには、まず別のものと戦わねばならないのかもしれない。
これからの経営者に求められる資質について、三木谷は「覚悟と決断。そして足を引っ張らないこと」だと語っている。「変革」の足を引っ張っているのは誰なのか。何なのか。疑念の目は、世の経営者だけでなく、ついこの狭い島国に規定されがちなぼくら自身のマインドセットにも向けておいたほうがよさそうだ。
TEXT BY KEI WAKABAYASHI
PHOTOGRAPH BY JAN BUUS @ DONNA