朝日新聞デジタル:太陽光補う有望金属 マグネシウム使って脱・天気まかせ
太陽光や風力などのエネルギーを、ありふれた金属であるマグネシウムの形にしてため、電池などとして使用。あとにできる酸化マグネシウムを再生して繰り返し使う――。天気まかせの再生可能エネルギーの弱点を補う「マグネシウム循環型社会」を東工大の教授らが唱えている。
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太陽や風、地熱など自然の力に頼る再生可能エネルギーが注目されて久しい。石油、石炭、天然ガスなどと違い、エネルギーを取り出す際に地球温暖化の原因となる二酸化炭素や有害な窒素酸化物などを出さないクリーンなエネルギーだ。
だが、輸送、貯蔵し自由に使える石油やガスに比べ、太陽や風は、天気しだいなため、必要な時に発電できるとは限らない。電力需要に合わせその都度発電量を変えなければならないが、調整できない。再生可能エネルギーはこうした欠点があり、主要なエネルギー源として普及させるのは難しいとされている。
ありふれた金属であるマグネシウムで問題を解決する独創的なアイデアを唱えているのが東工大の矢部孝教授だ。マグネシウムは、地殻に存在する金属の中でナトリウム、カリウムなどにつぐ6番目に多い元素だ。実用金属の中でもっとも軽い。アルミニウムなどの合金に使われる。酸化しやすく、燃やせば石炭の約8割の熱量を得られるが、酸化マグネシウムになるだけで有害な物質は出ない。価格以外は理想的な燃料だ。
■何度も精錬が可能
「マグネシウムを『エネルギー通貨』として使うんです」と矢部教授は言う。再生可能エネルギーをマグネシウムという貨幣に換えて流通させ、貯金し、エネルギーが入り用になったら引き出して使う。使ってできる酸化マグネシウムを再生可能エネルギーでマグネシウムに戻し、何度もリサイクルする。「マグネシウム循環型社会」だ。
もともと矢部教授は、太陽光で低コストのレーザーをつくる研究をしていた。そのレーザーの実用的な使い道としてマグネシウムの精錬を思いついた。
現在、主に中国でドロマイト(苦灰石)という鉱石から安価な石炭の熱を使ってつくられている。価格は重さ1キロあたり250円程度。ドロマイトは炭酸マグネシウムを含む。石灰石といっしょに大量に産出し、日本にも豊富にある。ドロマイトの精錬にマグネシウムの重さの10倍以上の石炭がいるので、エネルギーの収支は大幅赤字だ。
太陽光レーザーでドロマイトからもマグネシウムはつくれるが、矢部さんが目を付けたのは海水だ。マグネシウムが0.129%含まれ、総量は1800兆トンにもなる。海水から水と塩を除いた後に残るにがりの主成分が塩化マグネシウムだ。太陽熱で海水から塩化マグネシウムを取り出せば、副産物で淡水が得られるので水不足にも対応できる。
マグネシウムを精錬するには400ワットの出力のレーザーがいる。現在、2メートル四方の安価なフレネルレンズで太陽光を集めて、半導体のレーザー発振器に入れ、レーザーをつくっている。昨年120ワットを達成し、今年の目標は200ワット。レンズの透明度や半導体の効率の改良で400ワットもいずれは可能という。4平方メートルあたりの太陽エネルギーは4000ワットなのでそれでも変換効率は10%に過ぎない。現在の製法より初期の設備投資が高いが、ランニングコストがほとんどかからないため、最終的に原価は10分の1程度になるという。そこまでいかなくても1キロあたり150円を切ればエネルギー源として十分石油や石炭に対抗できる。
■次世代電池生産へ
エネルギーとしての利用技術はレーザー精錬より進んでいる。矢部さんらはマグネシウム空気電池という次世代の電池を開発した。マグネシウムの重さあたりの電力はリチウムイオン電池の7.5倍。30グラムのマグネシウムでスマートフォンを1カ月動かせるという。現在の価格でも8円ほどだ。特許を取り、ベトナムの国営電機企業と6月に調印。ハノイのテレビ工場を改造し、1年以内の生産開始を目指している。
電気自動車を300キロ走らせるのに約20キロのマグネシウムが必要で、現在の価格ではガソリンに対抗できないが、電気自動車としての燃費と走行距離はかなりいい。電池のマグネシウムはカートリッジにして交換できるようにし、使用後にできる酸化マグネシウムを回収してレーザーで再生する。
さらにマグネシウムは火力発電の燃料にも使える。水を反応させると水素が発生し、熱で再び水素から高温の水蒸気ができる。これでタービンを回す。無害な水蒸気と酸化マグネシウムだけだ。
マグネシウム社会に向けた大きな課題は、「それを受け入れる社会をどうやってつくるか」という。例えば、電池は充電式でなければならないという頑固な意見があり、電池の燃料を外から入れることに抵抗がある。矢部教授は「こうした車や家電などの製造会社の意識が変わらないとなかなか受け入れられないだろう」とみる。(鍛治信太郎)
(参照)
必見!智慧得(128) 矢部孝「マグネシウム文明論」 - 鶴は千年、亀は萬年。
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